ギャング、時計、ペシャワール会
日記を書く。
高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』読了。とりあえず「面白かった」と印象批評しておこう。まあ連作詩ですね。小説のスタイルで書かれているので、一篇々々の境界があいまいな連作詩というところ。「ポップな感性」というのは、ぼくにはどうやっても理解できないもののひとつです。徹底的に海外小説を読まないので、そのせいもあるのかな。
昨日はニコニコ動画で「独立時計師たちの小宇宙 ~スイス・超複雑時計の世界~」(sm4425094、sm4426395、2008-08-28T22:00:00+09:00 において後半削除済)を観た。二時間モノだったけど観て損はしなかった。直径30mmの空間に宇宙を閉じこめる人々の物語。人間の技術ってときどき無茶苦茶をやるよね。こないだの横浜行きのとき、六年ぶりに飛行機に乗ったけど、雲の上を渡りながら「しかし鉄の塊が空を飛ぶって信じられないよね」と、ずっと考えてた。意味が分からない。なんで飛んでるんだろう。笑うしかない。鉄の塊が空を飛べるんだったら、時計の中に宇宙がつまってるんだったら、明日世界が終わっても全然おかしくない気がする。江戸川乱歩は『鏡地獄』を書いたが、時計の中に入れるんだったら気が狂ってもいいようだ。
稲垣足穂いわく、「少年少女は過ぎ行かん。天文学と航空術もまた然り。されど、ヰタ・マキニカリス(機械仕掛)は永遠なるべし!」と。
アフガニスタンで、ペシャワール会の日本人が拉致され、殺害された。第一報をラジオで聴いて、とうとうこんなことにと思った。しかし、ペシャワール会の人だから解放されるだろうと思っていたら、あれよあれよという内に遺体で発見されるにいたった。いったいいま、アフガニスタンはどういうことになっているんだろうか。
ペシャワール会の活動は前から知っている。現地代表の中村哲医師は、帰国のたびに京都でも講演会をひらいており、ぼくも二三回(なぜか司会席から)講演を聴いた。ペシャワール会のNGO活動は、ゆくゆくは現地の人々がみずからの力で生きてゆけるよう、金品や食料の支援にとどまらない、地に足のついた息の長い技術指導を行うことで知られていた。現地の人々との信頼関係は、支援を行っているNGOの内でももっとも強かったはずだ。それがいったい、どうしてこんな事件にいたったのか。そして情報が錯綜している。詳報が待たれる。
話は「タリバンの仕業」で一件落着しそうな雰囲気だが、タリバンというのはどこからどこまでがタリバンなのかはっきりしている単純な組織ではないし、彼らの役割というのは「テロの権化」であることだ。与り知らないところで誰かがテロをおこす、するとタリバンが犯行声明を出す。タリバンというのはテロを背負うための社会的機能であるに過ぎない。それを「タリバンという頭の狂った奴らの仕業」だと認識していたのでは、話はなにも先に進まないし、タリバンを殲滅できたところでテロがなくなるわけでもない。いまアフガニスタンでなにがおこっているのかを正しく知ることが大切だ。そして、それをどんな報道機関よりも的確に、現状にそくして伝えていたのがペシャワール会だった。いまさらテレビカメラを抱えて行ったってだめだ。日本で待つしかない。
それにしても、このタリバンの社会的機能というのはちょっと面白い、というか興味ぶかいもので、たとえば日本の差別を背負って立つはずの部落解放同盟がこんな社会的機能を担えるかというと、まず疑問である。よほどアメリカへの憎悪が渦巻いた混乱した社会でなくては、こんな組織が成立するわけがない。
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