タナトフォビアについて
第31回京都哲学道場は、『死の恐怖』をテーマに議論がかわされた。発表者、さかた氏のレジュメは、大脳分割移植の思考実験を論拠に、カント原理に対するライプニッツ原理の視座を示し、このことから「生まれかわり」が可能であることを論じたもの(ただし、歴史の持続性という一般的な意味での「生まれかわり」は否定され、そのかわり〈私〉の持続性という意味で「生まれかわり」の可能性が示される)。
このレジュメは、ぼくには大変面白くて、永井的な〈私〉にどこまでも沿ってゆくなら、つまるところ〈私〉は独今論的な存在でしかありえないのを、あえて〈私〉の持続性ということを考えてみることで、話は〈私〉の可能性の限界をめぐらざるをえなくなる。もっとも、哲学道場でやった以上、そこまでつっこんだ議論に進めるわけもなく、むしろ前提を共有したり、さかた氏のレジュメの不備を指摘したりすることに、大方の時間は費やされたのだったけれど。
例えば、独我論と超独我論との区別という、きわめて素朴なレベル(永井的な弁証法をまったく理解しないレベル)で話が紛糾するわけである。つまり、独我論を唱えるX氏に対して、ぼくもまたX氏の議論に賛成するのなら、それは普通の独我論。逆に、比類なき〈私〉はぼくだけのものだから、X氏の独我論はうけいれられないとつっぱねるのが超独我論。崎山氏や深草氏は、さかた氏は独我論者であり、谷口は超独我論者であるという区分を導入するのだが、永井的には、こんなのはまさに「他者の意識を、あったりなかったりできる物体のように扱っている」というわけで、非常に素朴な立場だとしか言いようがない。べつに、哲学道場とはそういう場なので、だからどうだと言いたいわけではないけどね。
で、いまのぼくには〈私〉の持続性をめぐって、大上段に議論を展開する用意も能力もないので、そういうつっこんだことは今後の課題として、タナトフォビア(死恐怖症)について。
哲学道場では、崎山氏と深草氏のラインが「死(死亡ではなく)にはまったく恐怖を感じない。死の恐怖とは錯覚なのではないか」という意見で、さかた氏と谷口のラインが「死の恐怖を感じる」派の立論だった(なお、この対立ラインは今回の哲学道場全体の対立ラインでもある)。
死という、意味世界のなかには存在しない事態に対しての恐怖を、ありもしないものに怯える錯覚として斥けるのかどうか。ぼくは一応、死の恐怖を不合理なものだとする崎山‐深草説に対して、死の恐怖は合理的に主張できるという立論をしておいたが、べつだんそのことに深い意味はない。〈私〉は意味世界のなかには存在せず、だから〈私〉の消滅もまた意味世界的な事態ではありえない。〈私〉の存在を、実用主義的にみとめない崎山氏(深草氏はしらないが)が、その死に恐怖を感じないとしても、それは物の道理というものだ。
ただ、死の恐怖について、ぼくは今回あまりくわしく喋らなかったけども、さかた氏の認識とぼくの認識とのあいだには、微妙な立ち位置のズレがあったように思われる。それは、さかた氏が大脳分割移植の思考実験にこだわる理由と、ぼくがそれにこだわる理由とが、微妙に違っているゆえんでもある。
永井均的な「奇蹟」は、実は二種類の側面から語ることができる。それは、
一、なぜか〈私〉が存在しているという奇蹟
二、なぜか〈私〉がこの歴史(谷口一平)とむすびついているという奇蹟
の二側面である。さかた氏が拘泥している奇蹟は前者で、ぼくが拘泥している奇蹟は、おそらく後者なのだ。例えば、ぼくはさかた氏に「生まれかわったとしても、そのとき前世の記憶が喪われているとすれば、それはなんの救いにもならないのではないか」と尋ねたことがある。さかた氏は「記憶はどうでもよく、その時点においても世界が〈私〉という一点からひらかれた、この生々しい現実であるなら、それでかまわない」とのことだった。しかし、ぼくの場合、死の恐怖は、記憶が喪われるという恐怖と完全にイコールの関係である。すなわち、死とは、ぼくにとって「歴史が喪われる」ということと同一なのだ。もちろん、歴史とは、意味世界内的な事態であるが、それが〈私〉とむすび合っている限りにおいて、つまり〈私〉と歴史との偶然=必然的関係の消滅を考える限りにおいて、歴史の喪失は存在論的アポリアである。
大脳分割移植の思考実験にしても、さかた氏においては「その内どちらか片方が〈私〉である」ということが言えれば充分なのに対し、ぼくにとって重要なのは「そのどちらが〈私〉になるのか」ということ。一見、独我独今論から離れて、未来における〈私〉を云々しているさかた氏の方が、実は歴史を完全に捨象した「今だけの〈私〉」を考えているようで、逆に、みたところ独今論的な主張をしているぼくの方が、「今における記憶」という形で〈私〉に歴史をもちこんでいるのは、面白い。この対立は、かなり重要なんじゃないだろうかと思われる。
なお、ぼく個人のタナトフォビアについて喋るなら、それは死への恐怖というのとは、ちょっと違う。さかた氏が「死ぬことが怖い」と言うのに対し、ぼくの感覚は「死ぬことが哀しい」である。死ぬことは、べつに怖くはない。ただ、一般的な哀しみとは違う次元で、喩えようもないほど「死ぬことが哀しい」のである。これもおそらく、〈私〉にとって歴史がいかほどのものであるのかという、立場の相違に由来する。さかた氏の恐怖が、この生々しい「現実」が喪われることについての恐怖なら、ぼくの哀しみは、この生々しい「記憶」が喪われることについての哀しみである。
それは、世界が喩えようもなくいとおしいという感覚と表裡一体で、この世界に充ちみちている石ころ一個、草花ひともとが有する「歴史」が喪われることが哀しい。あるいは〈私〉の死という事態において、石ころ一個、草花ひともとがますます肉感的な歴史的存在となってぼくに迫ってくる。草原に生い茂る雑草が、いったい何本生えているのか、その正確な数を一生知ることができないということが、〈私〉の死とまったく同等に哀しい。小学校の修学旅行で、となりに寝ていた女の子が、懐中電灯で天井に描いていた文字、ぼくがそのことに気づいたのは、その子が殆ど文章を書き終えてしまったあとだったのだが、その子本人も、おそらくいまはどんな文章を書いていたか、すっかり忘れてしまっていて、ぼくにその文章を知る手段は永遠に与えられていない。そのことが哀しい。あるいは、小説の作中人物ひとりひとりが有する歴史。作家本人が書くのをやめてしまってから、小説は再び動き出すことはなく、作中人物たちは一瞬で時間を凍りつかせ、そのまま無限の静止のなかに閉じこめられている。こんなに楽しい生活を送ってきたのに、こんなに哀しい事件があったのに、それら一切は無の墓場のなかに置き去りにされて、小説が閉じられたあと、作中人物たちには希望も絶望もなく、空虚な時間を凝結させていることしか許されない。このことが、〈私〉の死とまったく同等に哀しくてしかたがない。終わりある一切が哀しい。終わりなき苦痛こそ、むしろいとおしい。そういう感覚なのだ。
ぼくは、小説(物語)というものについて、常にそういった感覚をいだいてきた。絵本『小箱のなかのビッグバン』を小さいころに読んだせいかも、恩田陸の小説を読みながら、ストーリーとはまったく関係なく、その風景描写があまりにもなつかしくて泣いたせいかもしれない(あれ、よく考えたら、これって変性感覚じゃないんだろうか)。ぼくにとっては、小説の作中人物というのは生きているようにしか思われず、逆に現実世界の登場人物(家族や友人)も、小説の作中人物とまったく同等の権利しかもちあわせていなかった。だから、作中人物を作者が殺せるということ、あるいは人間と同じく歴史をもった一匹の蟻を、誰でも簡単に踏みつぶせるということ、これらのことが、きわめて重要な倫理的問題だったわけである。酒鬼薔薇聖斗にかぶれていたのも、彼の「ゴキブリ」に対する感受性が、ぼくのものとまったく同じだったことがその理由だった。そして、決して終わらない小説、作中人物が作者=神であるぼくを殺してきて、みずから生き延びるような小説、そんな小説を書きたいと思ったことから、ぼくは小説家になりたいと思った。
なんにもせよ、偶然か必然か、あるいは偶然と必然とが一致する地点を問題にできるのは、〈私〉における歴史の偶有性が問題だからであって、ただ〈私〉が存在している奇蹟を問題にするだけでは、偶然とか永劫回帰とかの真の意味を考えてゆくことはできないように思われる。〈私〉における倫理を考えるのも、〈私〉が偶然この歴史とむすび合っているという事実を肯定するところからはじめるしかないんじゃないかと思う。しかし、そこから「この歴史、いかに生くべきか」という問題に発展してゆくと、さてどう答えればよいものやら、やっぱりよく分からない。
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