« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月16日 (土)

中島義道『差別感情の哲学』

 書評ブログからの転載です。

--------------------------------------------------
◆中島義道『差別感情の哲学』

      §中島義道、いまだかつてない駄作

 あらかじめ述べておくが、ぼくはこれまで中島の著作を、二十数冊読んできた。現代日本の哲学者のなかで、永井均とならんでもっとも尊敬している人物のひとりである。中学生時代からずっと私淑していて、大きな影響を受け続けてきた。だから、こんな文章を書かなくてはならないことを、とても残念に思う。中島が差別をテーマにした著作をあらわすと伝えきいて、発売日を待つのももどかしく、購入してすぐに読み始め、数時間で読了した。なぜなら、ぼくは差別論にふかい関心があり、しかも、ぼくが自分で差別ということを考えてゆくに当たって、ずっと念頭に置き続けてきたのは、ほかでもない、中島の文章だったからである。ちくま文庫『哲学者とは何か』に収められてある、「差別感情と『好き・嫌い』」という小論は、常識によらない差別への見方を呈示していて、とても新鮮だった。中島の差別への言及はそう多くはなく、だからぼくは、今般中島が『差別感情の哲学』という著作を書きおろすということを知って、心待ちにしていたのである。だが本書ときたらどうだろう。

      §差別論に御託はいらない

 もしも中島が、この著作を、差別についてのものとしてでなく、日本人の心性について、あるいは人間感情をめぐるものとして、刊行していたとしたら、ぼくはここまで怒りにかられることはなかっただろう。だが中島は、本書を差別をめぐる議論として刊行している。そしてそうであるなら、あまりにも中島は「差別論を語るということ」に対して無自覚である。差別を論じるということは、差別を論じるその語り口のなかに包摂されてしまうということであり、よほど自覚的にそこから脱却しようとしなければ、ありきたりな「自意識語り」に落ちこんでしまうことを避けられない。そして現に、本書は出来合いの「差別論」といささかも異ならない、読んでいて吐き気がするような言説に埋め尽くされている。引用文献も、あれほど中島は「哲学は思想ではない」と言っていたにもかかわらず、社会学系のゴミみたいな論者のものばかりで、こんな本には哲学を名乗る資格はない。『差別感情の社会学』とでも改題したらどうだろう。
 そうして、ケガレがどうたら、まなざしがこうたら、意味不明な御託がならべ立てられている(御託をやるにしたところで、中島でなく、現代思想系テクスト論者の面々だったら、もっとうまくやってくれるだろう)。差別論に御託はいらない。哲学はそんな言葉遊びではない。もちろんくだらない自意識語りでもない。第三章『差別感情と誠実性』では、みずからの言説(あるいはまなざし)が他人を傷つけるのではないか、あるいは他人の言説がみずからを侮蔑しているのではないか、などといった反省的意識の無限後退が描かれてゆく。そして、それをどこまでも誠実に、そして繊細に直視し続けてゆくことだけが、差別について可能な一切なのだというのである。やめてほしい。誠実に直視するのはけっこうだが、そんな誰の差別論をひらいても書いてあるようなウワゴトで、なにかを解決した気にならないでもらいたい。たのむから差別論をめぐる、この出口のない泥沼じみたあまりに醜悪な現状に、興味本位でちょっと立ちよって、またひとつ醜悪な言説をつけ加えてゆくことをやめてもらいたい。それはべつの場所でやってほしい。

      §不快/嫌悪/軽蔑

 本書の理路によれば、差別感情は不快→嫌悪→軽蔑という順に、どんどん観念的に発展してゆき、最終的に確固たる差別を形成するのだという。この議論はしかし、差別について語ったものなのだろうか。これはむしろ、差別撲滅運動について説明したものなのではないか? つまり中島は、差別観念がきわめて現代的なものであることを理解していない。江戸時代の穢多・非人にしろ、ナチスのユダヤ人迫害にしろ、そんなものは差別うんたらという問題ではない。前者なら社会的機能に還元できるし、後者ならただの煽動に還元できる。そうでなく、それらが差別として語り出されることによって、差別撲滅運動のなかで差別であるとして語られてきたことで、はじめてそれらは差別になったのである。だから、被差別部落の社会的形成を、差別感情の形成として分析するなどというのは、実在しない対象にむけて机上の空論をふりかざしているにひとしい。「差別感情」は、きわめて現代的な感情なのであり、それを分析するためには、歴史上の差別とされる事例を考察していてもはじまらない。むしろ「差別について語ったテクスト」=「差別論」の分析を通じてしか、「差別感情」は解体されないのである。このことの認識が、中島には決定的に欠落している(もちろん、ほとんどの差別論にも欠落しているのだが)。
 まさに、これまでの差別論は、差別する者(差別者)を、不快なものとして、次に嫌悪すべきものとして、最終的には軽蔑すべきものとして、語り出してきたのではなかったか。そしてこのことこそが、差別をめぐる問題系を、唾棄すべき泥沼のなかに落としこんできたわけである。中島の「逆差別」論もあまりに静態的すぎる。現代における「差別」は、はじめから「逆差別」でしかありえず、「逆差別」者をさらに「逆差別」するという構造が、差別の観念的閉域を形作ってきた筈だ。

 これから、さらに詳細な批判論文を準備するつもりである。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

2009年5月14日 (木)

雑記 20090513

 図書館で借りて、アウグスティヌス著作集の第9巻『ペラギウス派駁論集(1)』を読んでいる。一体どうしてこんなものを読む羽目になっているんだか、自分でもよく分からない。
 『霊と文字』は、「文字は殺し、霊は生かす」というパウロの言葉の意味を考えている。なかなかよくできた論考で、この「文字‐霊」という対立を、「旧約‐新約」という対立に重ね合わせて論じている。すなわち、ここで文字というのは律法のことなのだが、律法は聖霊を欠いては「殺す文字」である。罰の存在が律法を守らせる(行為の律法)というのではだめで、内なる聖霊の力による神への愛が律法を守らせる(信仰の法則)のでなくてはならない。前者が「旧約」に、後者が「新約」に対応する。この、文字と霊とのふしぎな一致には、「イエスがキリストである」という信仰告白に受肉の秘儀が現れているように、ひとつの秘蹟が介在していると言えるかもしれない。
 つまり、このぼくが神への愛(=憎悪)において行為することが、なぜだか文字(=ぼくという物語)に一致してしまうということである。この一致は偶然のたまもので、もちろん時に破られもする。しかし、どうして一致するのか。一致するように思えてしまうのか。
    ○
 定額給付金で春山行夫詩集(稀覯本、市場価格一万数千円ほど)でも購入しようかと思っていたのだが、売れてしまっていた。しかたがないので、エリファス・レヴィの『高等魔術の教理と祭儀』上下巻でも買い入れようかと考え中。春山行夫は、日本モダニズム詩の立役者のひとりなのに、なんでまともな詩集が出ていないのだか。
    ○
 ブログの方で人と話しているとき考えたのだが、また「真理と意味」の話だけれど、真理→意味という流れがいまひとつつかめないのは、ここでいう「真理」の本性がどうもよく分かっていないためらしい。
 つまり、「真理」には三種類の意味がある。「客観的事実」「客観的世界」「客観的構造」の三種類で、関係としては以下のようになるだろうか。

◆客観的事実=客観的世界+客観的構造(+物自体?)

 まず、名辞の意味は客観的事実を介して学ばれる。このことは明白で、ぼくは現在でも、あたらしい言葉を覚えるためには、常に客観的事実を介してその意味を覚える必要がある。
 次に、客観的事実が存立できるための客観的世界という概念があるが、この客観的世界という概念がなくとも言葉を覚えることが可能かどうかは、凄く難しいところである。他者と会話できるためには、それぞれの言明が同一の世界についてのものであることが理解できている必要がある。とはいえ、これはどういうことか、そして本当にそうなのか。
 それから客観的構造。これはつまり「主‐述」構造ということで、客観的事実にも客観的世界にも由来するものではないから、独立して出自を洗わなくてはならない。
 ……とまあ、このように「真理」には多義性があるわけなのだが、一体「意味から真理へ叛逆することができない」というときの「真理」とは、このどれのことを指していて、そしてどういう理窟で叛逆できないということが言われているのだろう。そもそもこれらの内、叛逆可能であるのは「客観的事実」しかないように思えるのだが、そうだとすると、権利上叛逆可能であるということは、先の日記で論じたことである。
    ○
 東方花映塚。暇をみつけて練習してる内に、ようやく霊夢でてゐを倒すことができました。これで念願のルナシューター……なわけないけど。えーきさんとか倒せないと、やっぱりだめなんだろうなー。足が遅いので、小町ぐらいなら倒せる気がする。また練習してみます。
 なお、操作デバイスは無論キーボード。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 5日 (火)

メモ:言語と哲学(永井先生の哲学教室)‐1

 5月2日、永井均先生の哲学講義(於、朝日カルチャーセンター京都)に出席してきました。講義内容は、さかた氏がくわしくまとめておられ、サッとながめさせていただきましたが、ぼくの解釈上とくに附言すべき点はないようです。そこで、リンクを張らせていただくことにして、いちいち論点をまとめることはしません。

◆5月2日13時 朝日カルチャーセンター京都での永井先生の講義
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1156041089&owner_id=19842618

 以下は個人的なメモ。

      φ      φ      φ

 母親から言語を学ぶ段階や、外国人から外国語を学ぶ段階では、母親や外国人は、決して間違ったことは言わない(真理である)と考えられているというが、母親はともかく、外国人の場合はどうなのだろう? つまり、雨がふってきたとき、外国人が「ラチ ミスル」と言ったからといって、ぼくはかならずしも「ラチとは雨のことだろう」と考えるわけではない。というのは、ぼくは「正しくは雨をルキというのに、この外国人がルキ ミスルと言うべきところを、あやまってラチ ミスルと言ってしまった可能性」を常に想定できるからである。
 母親から言語を学ぶ段階とは違って、外国人から外国語を学ぶ段階では、少なくともぼくは母語を習得しているわけだから、実際の言語的遂行能力はないとしても、意味から真理への叛逆は権利上可能になっているのではないだろうか?
 もっともこれは、ぼくの母語の分節体系が、その外国語の分節体系と、同一のものである(名辞が一対一対応する)と仮定しているからかな? この仮定がない場合、意味から真理への叛逆はやはり不可能なのかもしれない。もちろん母親から言語を学ぶ段階では、真理に叛逆することはできない。この段階で学ばれる「主‐述」という分節化は、いったいどうやって学ばれうるのだろう? 「真理」=「客観的事実」にも「主‐述」的構造がある筈で、だとするとこれは「真理」から学ばれたものではないのだろうか。すると、どこから?
(というか、逆に「真理」=「客観的事実」の「主‐述」的構造が学ばれてしまったあとなら、ぼくは母親に対してでも、外国人に対するのと同じように、言葉を覚えぬ内から、権利上叛逆できるのではないだろうか。あれれれ、とすると「真理」の出る幕なんてなくなってしまう???)
    ○
 それから、「私」という言葉の使い方をどうやって覚えるのかということについても、メモを書こうと思ったのだけれど、ちょっと混乱してきてまとめられなかった。また、考えが煮つまってきたら日記を書くかもしれません。
 とりあえずは以上です。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »