2009年6月10日 (水)

雑記 20090609

 先だって深草君も日記に書いていたが、マイミクの大学生、ARUKOBU君が自殺した。先月のこと、硫化水素自殺だった。日記で自殺をほのめかしていて、深草君はジョークかどうか分からず反応にこまると言っていたけども、まあこんなことになるだろうなとは思っていた。マンガ学きわめるんじゃなかったんか、東京に出るんじゃなかったんかい、おい、と思いこそすれ、いまさら言っても詮ない話である。彼が亡くなった夜、ぼくは彼にスカイプを架けていて、しかも出たと思ったら切られてしまった。音声デバイスの不都合があったのかもしれない、少し残念である。死んだのだから、もはやどうでもいいけどね。
 彼はもともと、ぼくの差別論がきっかけになって、ぼくにアクションをかけてきてくれて、哲学道場にも二度くらい参加してくれた。浅田彰『構造と力』でぼくが発表したとき、居合わせた。あの『構造と力』発表は、哲学道場史に残るほどの名発表だったと自分で思っているので、往時の感動を伝えてくれる人がひとり減ったのは、つくづく残念である。彼が死んだころ、ぼくは短歌を作っていたわけで、せめてぼくの短歌を読んで批評してから死んでくれたらいいじゃないか、と思うと、なんとも残念である。彼と通話で表現について話し合ったとき、彼はぼくに何冊か海外小説をすすめてくれて、いまやタイトルを失念してしまったので、教えてから死んでくれたらいいじゃないか、と思うと、いかんせん残念である。彼がなにも返答してくれないということが、とにかく残念である。彼のミニコミ誌のために執筆し、彼の要望を容れて大きく書きなおしたりもしたチャットモンチー論だけが、ミニコミ誌はとうとう刊行されず、ぼくの手許に残された。
 興味がないのでお通夜には行かなかった。ただ、作っていた短歌三十首中に一首、彼への挽歌が急遽入れられることになった。ぼくにできる「喪の作業」といったら、このくらい。

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 購入した本。
 三島由紀夫『美しい星』、廣松渉『もの・こと・ことば』、原口統三『二十歳のエチュード』、寺山修司『寺山修司全歌論集』、稲垣足穂『天族ただいま話し中』、中城ふみ子『中城ふみ子歌集』、田島邦彦『これでよくわかる短歌鑑賞・批評用語』、丹羽敏雄『射影幾何学入門』、ベンゼ『情報美学入門』、など。読了したものから書評ブログで報告してゆく予定。
 なんか情報美学おもしろそうだけど、これでレジュメ切ろうかな>深草君

※書評ブログ:http://d.hatena.ne.jp/TaniR/

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 コミュニケーションとは、コミュニケーションの手順を習得することそのことであり、現実に対してなんらかの期待をいだき、その期待が現実によってたえず応答されるということである。これは現実に対して賭博的関係をとりむすぶということに相当する。中島義道的〈対話〉は、むろん現実に対する賭博でなくてはならない。
 ゼロアカ界隈では、象徴界S(ロゴス)の紐帯がゆるんだのちに、いかなるコミュニケーションの形がありうるかなどとかまびすしいけれども、事は単純だろう。現実に対するインターフェースのスタイルがどれほど変化したとしても、現実に対して「期待‐応答」というルーチンが反復されるかぎり、常にすでにコミュニケーションは生起していると言える。
 迷路とは、制作者と解答者とのダイアローグではないか、とこのごろ考えている。ぼくには迷路を作る趣味があって、最近はピクシブで発表したりしているのだけれど、イメレスで解答をもらえたりして、とてもうれしい。どうしてうれしいかというと、そこでコミュニケーションが成立しているからにほかならない。「迷路とは、世界で一番小さな賭博である」と、ぼくは思う。迷路というのは、分岐のひとつひとつに賭けてゆくゲームのことだからだ。手順を習得し、径路に期待をいだき、その期待が裏切られ、さらに制作者の心理を裏読みし、その裏読みが径路によって応答され……と、どこまでも〈対話〉に駈り立てられてゆく。それというのは、迷路が自己韜晦のスタイルでもあるからだ。迷路がどこか崇高に思えるのは、そこには神話が、すなわち「作者神話」が存在しているからではないだろうか。迷路は解答者のまえに「謎」として立ち現れてくる必要がある。そこで表現者とは「謎」を演出する者でなくてはならない。
 あるいは、東方花映塚(弾幕シューティング・ゲーム)をやりながら、弾幕がコミュニケーションであるとはどういう意味かを考えている。それはやはり、弾幕シューティング・ゲームをプレイするということが、手順を習得し、現実と〈対話〉することであるからなのでないか。この場合、弾幕シューティングにおける「弾幕の美」が「謎」に相当するかもしれない。ニコニコ動画に「東方紅魔郷Ultraモード」(sm6091554)なんていう動画が存在するが、この動画は弾幕をめちゃくちゃ濃くしておいて、それを実行速度50%でプレイするというしろものである。なんでこんな動画で感動できるのだろう。それは、なにか過剰なまでのコミュニケーションが視聴者の夢をなぞるように追体験できるからなのではないか。この動画をみていて、どこか渇望みたいなものを感じてしまうのは、ぼくだけなんだろうか……。
(ちなみに、賭けるということと、手順を習得するということにかんして、花映塚体験版についてくる「上海アリス通信 vol.5」で、神主の見解が述べられていて、参考になる)

※pixiv(迷路):http://www.pixiv.net/member.php?id=389792

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2009年3月 3日 (火)

雑記 20090303

 高野悦子『二十歳の原点』『二十歳の原点序章』『二十歳の原点ノート』が新装版で復刊されることになったそうだ。もちろん歓迎すべきことではあるが、少々複雑な気分でもある。恩田陸が一気に売れっ子になったときも、なんだかこんな複雑な気分になった。本読みというのは、自分の好きな著述者がいつまでもマイナーでいてほしいとねがう人種である。
 そういえば、近ごろずっと研究中の寺山修司であるが、著作集が現在刊行中であるということを知った。寺山は、過去に全集が出たことがなく、なんでこういう作家の全集が出ないものかと不審に思っていたのだが、こうやって再評価の気運が高まってくるのはよいことである。ついでに、どこかの出版社がアレイスター・クロウリー著作集を文庫かなにかに入れてくれないものかねえ(自伝だけでもいいからさ)。

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 松平耕一氏主宰の『新文学』第2号に、7000字程度の批評を寄稿させていただいた。ゼロ年代を代表するコンテンツ・アーキテクチャを五つえらんで論評するというもので、哲学をテーマに以下の五冊をえらんだ。

○ジョン・R・サール『マインド 心の哲学』
○永井均『なぜ意識は実在しないのか』
○入不二基義『相対主義の極北』
○中島義道『生きることも死ぬこともイヤな人のための本』
○東浩紀『動物化するポストモダン』

 哲学をオブジェクトに批評を書いたというだけのことで、哲学的な文章というわけではもちろんない。まあ、「哲学ブーム」とそれ以後の哲学出版界の事情について、きちんと論じた批評を過去に見かけたことがなかったので、それなりにはお茶を濁せたのではないかと思う。

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 これからの文学に、どのような方策がありうるのか、近ごろいろいろと考えていて、いくつかのアイデアを手に入れることができた。以下、それぞれ簡潔にメモしておく。

(1)内在的態度へのあくなき拘泥。
(2)〈対話〉としての自作自註実践。
(3)非-詩の可能性。
(4)一作家一ジャンルの徹底。
(5)全集的存在・文体的存在としての作家。

(1)内在的態度へのあくなき拘泥。
 オブジェクトレベルとメタレベルとの循環構造(いわゆるクラインの壺)は、オブジェクトレベルにおいて0だったものが、メタレベルにおいては1とみなされ、この双方が同一の地平に対してひらかれるということだから、0=1という等式の成立だと考えてよい。この等式を最大限に利用して、あらゆる内容を証明しようとすること、あらゆる内実を氾濫させることが、文学の豊穣に繋がるのではないか。

(2)〈対話〉としての自作自註実践。
 岡井隆→寺山修司→中島義道、という流れを考えることができる。つまり、岡井歌論の〈場〉の理論が、あくまで大きな物語を生かしてゆこうとする方策だったのに対し、寺山の場合は、各人がそれぞれ物語を読みこんでゆくものとして、個への退行を断ち切る短歌実践を企図していた。このあたりが、現代短歌運動において、塚本‐岡井‐寺山間の立ち位置のずれとして争点になっていたものと思う。ところで寺山は、演劇において透明なコミュニケーションの可能性を「ダイアローグ」と呼び、一回的なものとしてその場かぎりの物語が回帰してくることをみとめてもいた。そこで、寺山的「ダイアローグ」から中島的〈対話〉への遷移が、そのままポストモダン化の進行と対応することになる。もはや物語が必要とされなくなった現代における〈対話〉は、つねに虚無との戦いを経なくては成立しがたくなっている。
 自作自註は、もともとは岡井的発想であるわけだが、自分の作品がどういう意図で書かれ、どういう文学的意義を担っているのか、どこまでも語りつづけるという試行、どこまでも〈場〉を作り出してゆこうとする意志、これが現代においてあらためて求められてきているのではないか。このような自作自註は、作家と批評家との〈対話〉として遂行されなくてはならない。

(3)非-詩の可能性。
 詩的表現において、詩のレトリックは、表現対象をよりよく伝えるためのものである、という考え方を捨てること。むしろ、詩のレトリックは表現対象を韜晦し、表現対象がなんであるのか分からなくするために用いるものと考えてはどうだろうか。このような考え方は、従来の「詩」の考え方とはまっこうから対立するので、これを「非-詩」と呼ぶことにする。
 ここで詩は、二重の意味をやどすことになる。すなわち、作者による鑑賞と読者による鑑賞とで、まったく相反する表現が立ち現れてくることになる。このことによって詩は、一方で読者の求めに応じることができるとともに、他方、作者の個を表現するものとしての意味も担保することができる。
 Not a poem is this! これが新時代を顕彰する。

(4)一作家一ジャンルの徹底。
 恩田陸は、一作家一ジャンルという言葉をよく体現する作家として言及されることが多い。ここで、いわゆる「三月は深き紅の淵を」シリーズについて考えてみよう(以下ネタバレ)。
 「三月は深き紅の淵を」とは、恩田ワールドにおいて「謎の本」として登場してくる書物のタイトルである。この本にまつわる物語群は、ゆるやかな連関性をたもっていることが特徴的であり、その本は架空の、存在しない本として扱われたり、重要な内容を記した文書として扱われたりする。『麦の海に沈む果実』からはじまる一連の物語も、この「三月は深き紅の淵を」シリーズを敷衍したものであり、それなりの内的連関をたもっていながら、べつの作品では「作中に登場する演劇のストーリー」として扱われていたりもする。
【参考資料:三月シリーズ相関図】
http://web.archive.org/web/20050429070856/http://tacet.milkcafe.to/ondariku/world.htm
 このような作品内の複雑な相関関係は、著名な同人漫画家、粟岳高弘の作品群にもみてとることができる(単行本には『プロキシマ1.3』『鈴木式電磁気的国土拡張機』がある)。『鈴木式……』の222ページに作品相関図が掲載されており、「同一世界」「ちょっと近い」「少し繋がっている」などの関係で、さまざまな作品群がゆるやかな世界観を形作っている。
 恩田や粟岳の作品群は、ひとつの「謎」として読者の前に立ち現れてくる。これら迷路のような作品群の相関関係のむこうに、触れてみることのできない「謎」としての世界が浮かびあがってきて、このことが彼らの作品の魅力となっているのだろうし、一作家一ジャンルとはそういう意味なのだろうと思う(なお、女性を「彼」と表現することは日本語としては間違いではありません、念のため)。これからの作家は、どんどん一作家一ジャンルを徹底させてゆくべきだろう。

(5)全集的存在・文体的存在としての作家。
 作家は、文学の終わりにむけてみずからを駆動してゆく存在である。東浩紀は平野啓一郎について「面白いのは、どうやら彼が、自分には『文学』や『芸術』に正面から立ち向かい、独自の結論を出す権利があると信じているらしいことですね」(『郵便的不安たち#』)と皮肉めかして書いているが、作家が「文学」について、独自の結論を出す権利をもっていることは、ほとんど自明のことだろう。なぜならば、その作家が存在するまで文学は存在しなかったからであり、その作家の死によって、つねに文学は終わりを迎えるものであるからだ(そうでないのなら、いったい「文学」という言葉にどんな意味があるだろうか)。平野が歴史的経緯を捨象して文学を称賛しようとも、稲垣足穂が「ダダ以前にはなにもなかった」と断言しようとも、いささかも不当であるわけはない。最終的には、全集の刊行可能性が作家の存在を支えるだろう。前項でみた「ゆるやかな世界観の立ち現れ」は、究極には、作家の全作品(小説・エッセイ・詩)の全体におけるゆるやかな相関関係、ひとつの「謎」としての作家=文学の提出というところにゆきつくだろう。それこそが全集である。
 なお、ぼくは「文体は内容を凌駕する」という考えをもっているのだが、そこで文体がどういう役割をはたしうるのか、文体と内容とが溶解し合一する地点はありうるのか、ということについては、まだまだはっきりとした意見をもつことができないでいる。哲学的探求が俟たれるだろう。

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 花映塚。マッチハードで魔理沙vsチルノを制するという数か月来の目標が、ようやく達成されました。次はマッチルナで霊夢vsてゐがなんとかいけそうなので、これを目標にやってみようと思います。

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2008年12月18日 (木)

三次元的文章推敲術

 こないだ少し考えたのだが、文章推敲というものは三次元的な行為であって、平面的な文章推敲をしていたのではよい文章は書けないと思う。ここで三次元というのは、垂直展開→斜方展開→平行展開という、一連の繰りかえしのことである。

 まず原文がある。はじめに、原文を垂直展開する必要がある。垂直展開とは、文章中で使われているすべての単語を吟味し、それぞれの単語について言い換えの可能性を列挙してゆくこと。つまり、名詞「針」に対して「銀針」「絹針」「細釘」「五寸釘」「錐」などと、あるいは助詞「も」に対して「は」「が」「の」などと、ならべたてるのである。これは、謂わば「量の展開」であり、語彙力がためされることになるだろう。このようにして、まず原文から垂直に可能性をひらいてゆく。

 次に、垂直展開された文章を斜方展開してやる必要がある。おそらく、文章推敲が下手な人というのは、垂直展開→平行展開と飛んでいて、斜方展開することを忘れているのだろう。斜方展開は、よい文章を完成させるためにもっとも重要な段階である。
 斜方展開とは、あらたな言葉同士のむすびつきを発見すること。つまり、垂直展開された文章は、それぞれの単語について「A1、A2、A3……」「B1、B2、B3……」と、いくつかの可能性がひらかれているわけであるが、そこで「A については A2 が最上、B については B1 が最上」などと選択してよしとするのではなく、「A3 と B2 とはむすびつく可能性があるんじゃないか」と直観してゆくことが必要なのだ。もちろん、原文に A3 と B2 とを、そのまま埋めこんだのでは変な文章になってしまうかもしれない。しかし、原文を超えて、A3 と B2 とが幸福な結婚をはたせるような、あたらしい文章の可能性もひらかれているのである。
 ここで、言葉を介して文章の前提をなすイメージ(詩における詩想や、散文における場景そのもの)自体が自己発展してゆくことになる。つまり、A3 と B2 との幸福な結婚のために、詩想・場景の方が改変を迫られる。文体が、言葉を介してストーリーを改変するのである。この点にこそ、文章推敲の真の怖ろしさが存する。
 斜方展開において重要なのは、単語と単語をあらたなイメージを通してとらえる自由な発想、文体にいかに身を任せられるかという柔軟性だろう。

 さて、斜方展開を終えて、ようやく平行展開をする段になる。つまり、A3 と B2 とが組み合わさって、うまく生きてくるような文章を構文するのである。全体を再編成しつつ、完全な文章が読みおろされる。原文の構造は大胆に編みなおす必要がある。単語についても、A3 と B2 をつなぐにふさわしいあらたな単語が要請される。このようにして、原文と平行なもうひとつの文章が制作される。ここで必要になってくるのは、原文を完膚なきまでに破壊しても、いささかもたじろがない精神力、そしてなによりもやはり構文力というに尽きるだろう。

 以上、垂直展開→斜方展開→平行展開という段階を経て、原文はあたらしい完全な文へと推敲された。ただし、一回の推敲で、満足できる文章ができあがるとはかぎらない。状況に応じて、この三次元的文章推敲を、何度でも繰りかえすべきである。いくら推敲しても充分な文章にならないのなら、その文章はあきらめるべきだろう。短歌において、いくら推敲しても五・七・五・七・七の定形にぴったりこず、どうもこの詩想は短歌にふさわしくなかったのだろうという場合など、これに該当する。

 いったい短歌において、定形にぴったりくる詩想なんか、自然界に完全な円が存在しないのと同じように、そんなものあるわけがないのだ。それでも完全としか思われない短歌を詠むことができるのは、詩想がぴったりきているのではない、文体がぴったりきているわけである。ここで文体は詩想を凌駕する。
 文章推敲という文体的行為において、ストーリー自体が自己発展してゆくという構造、ぼくの関心はこの点にある。

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2008年5月21日 (水)

ストーリーと文体

 頭の中が不安と焦燥でいっぱいで、眠られないので文章を書く。そもそも、こんな時間から寝ようとしていること自体、どうかとは思うけれど。

 こないだの『なぜ差別は実在しないのか』[1]以来、永井均のくだんの累進構造[2]と、デリダの脱-構築(東浩紀の解説に憑拠)との関係についてが、哲学的思考の殆んどを占拠してしまっている。ちょっと気を抜くと、サヤエンドウとエダマメの二項対立を脱-構築しはじめていたりして、これはこれで、なかなかノイローゼじみたところがある。

[1] http://mixi.jp/view_diary.pl?id=793187946&owner_id=4224848
[2] 永井均『なぜ意識は実在しないのか』岩波書店、p.53ほか

 実は、もう一度「カテゴリ-個体性」と「言語的-前言語的」との違い[3]について、文章を書こうと思っていた。「なぜ萌え要素は実在しないのか」という視点から、永井的累進構造を語りなおせると考えたからだ。しかし挫折。理由は、いつのまにやら筆がそれて、大上段に「オタク系文化における萌えとはなにか」を論じはじめてしまい、正直疲れたというのが一点。それから、自分としては、こないだの読書感想文[4]以来、新しい着想をえたというわけではないので、浅薄な知識で解説文なんかを書いてもなんの意味もないと考えたというのが一点。

[3] 「カテゴリ-個体性」的誤読は、京都哲学道場界隈では「固有名的誤読」の名前で通っているらしい。
[4] http://mixi.jp/view_diary.pl?id=702130773&owner_id=4224848

 それで、とりあえずこの文章では、ぼくにとって重要な問題である、小説におけるストーリーと文体という二項対立を累進させながら(脱-構築しながら)、永井的累進構造とデリダ的脱-構築との関係について、いまの自分に分かるだけのことをメモしておこう。

 とりあえず、累進構造の記法を決めておく。註2の書中p.53に掲げられている図を、この文章中では次のように略記する。

[{(心理的:現象的):現象的}:現象的]……

 さて、以前に文体について少し考えてみたことがあるので、その時の文章を引用してみよう。

>ここに見出される意味こそが「文体」である。それはリズムであり、感覚であり、文字から無媒介的に与えられる躍動であり、野生の感動である。それは本質的に論述不可能な存在性である。それはただ「生きる」というありかたのみにかかわっている。わたしという存在と中心で結ばれたなんらかの存在、いやむしろわたしそのもの、それこそが文体の本義であろう。わたしの存在は本質的に言語なのであり、その言語をわたしという存在において語りだすことによって、小説というアートは成立しうるのである。[5]

[5] http://mixi.jp/view_diary.pl?id=317419539&owner_id=4224848

 この直前のくだりで、ぼくは文体とストーリーとの分離不可能性について書いている。これは、文章を文体のレベルで読むか、ストーリーのレベルで読むかの決定不可能性について書いたものだともとれる。「わたしの存在は本質的に言語なのであり」という時、ここでの「言語」はエクリチュールの意味であって、だからこそコンスタティヴな読解(文体的読解)とパフォーマティヴな読解(ストーリー的読解)のあいだを揺れ動かざるをえないのである。このような「文体」のことを、東浩紀によれば、デリダは「リズム」と表現しているらしい。[6]

[6] そして、まだ『存在論的、郵便的』を読んでいなかった頃に書かれた自分の文章をこのように読みなおすということは、過去の自分を郵便的に誤配するということでもある(要らない註釈)。

 このことを、永井的累進構造で表現すれば、次のようになる。

[{(ストーリー:文体):文体}:文体]……

 最上段の意味での「ストーリー-文体」という対立は、それが言語化されてしまった瞬間「ストーリーの中における『ストーリー-文体』という対立」へと読み替えられる。ぼくが文体(=無媒介的感動、非内容規定的表現)において書き綴った小説を、読者はストーリー(=媒介的感動、内容規定的表現)として読解せざるをえないのである。そこで、よしんば読者がその小説の文体について考えたとしても、それはすでに「定義上、非内容規定的な、しかし実際は内容規定的な要素」について考えているに過ぎない。
 この累進構造を、前言語的側面にいたろうとして失敗する無限の運動として捉えることができるだろう。

 デリダ的脱-構築は、累進の仕方が逆である[7]。ストーリーと文体の関係を脱-構築してみると、以下のようになる。

[7] 註2前掲書、p.156

……[ストーリー:{ストーリー:(ストーリー:文体)}]

 すなわち、ここでの最上段とは、真に言語的な側面のこと。こちらの無限背進は、前言語的側面を削除しようとして失敗する無限の運動として捉えることができる。ぼくが文体において小説を書き綴ろうとする時、その文体をストーリーとして読み替える外部(=〈他者〉)の存在が示される。この外部を、ぼくは否定し去ろうとするのだが、否定し去ってしまった瞬間、その構造全体を包摂する外部の視点が提示される。この運動が無限に進行してゆく……。

 言語的-前言語的という対立は、もちろん累進する。以下のように。

[{(言語的:前言語的):前言語的}:前言語的]……

 しかし、累進(進行)を計測するには尺度としての静止が必要となる。そのため、あえて「言語的-前言語的」という対立を累進しない対立として立ててみよう。そうしておいて、はじめて「永井均における対立とは『言語的-前言語的』という対立のことなんだ」と述べることができる。このようにして固定された最上段性、すなわち「常にどこかに最上段が実在するという信念」のことを、デリダ的に表現するならエクリチュールということになる。永井的前言語性=デリダ的エクリチュールが最上段性を担保することによって、はじめて累進(進行)について語ることができるようになる。このように仮構された尺度であるからこそ、エクリチュールは概念ではなく操作子と呼ばれるわけだろう。

 なお、最上段性もまた累進するというテーゼは、脱-構築が何度でも繰り返せるというテーゼに対応している。以下のごとし。

    【永井的、最上段性の累進】
[{(それ以下の段:最上段):最上段}:最上段]……

    【デリダ的、脱-構築の無限進行】
……[構築:{構築:(構築:脱-構築)}]

 以上、このごろ考えたことのメモ。あと、浅田彰を読んでいて、永井均の「解釈学-系譜学-考古学」の関係が「前近代-近代-ポストモダン」の関係に対応するような気がしたのだが、さすがにバカらしいので書かない。

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2007年8月14日 (火)

完全な音楽

 瀬名秀明『八月の博物館』に、多少ネタバレになるかも分からないが、次のようなエピソードがあった(ような記憶がある。なんせ読んだのは四年前)。ある空間を完全に再現することで、その空間が再現元の空間とシンクロを起こし、再現元の空間から続いている筈の世界が、再現した方の空間からも勝手に構築されるというのだ。だから、江戸時代の京都市の1メートル四方の空間を完全再現したとすると、そこから江戸時代の京都市そのものが勝手に(宇宙の法則かなにかで!)構築されてゆくことになり、タイムトラベルもどきを果たすことになる。空間自体が共鳴しシンクロするとは、なかなか面白い発想だと思う。
 さて、話は変わるが、小学生の頃、ぼくは音楽の完全性について考えていた。たとえば、ここにある音楽の一小節だけが与えられてあるとする。さて、この一小節から音楽全体を再現することは可能か。すなわち、一小節に対して音楽全体は一意に決定されうるか。ぼくは、一小節に対して「完全な音楽」はひと通りにしか与えられないのではないかと疑っていた。
 おそらく、ぼくはイデア説のようなことを考えていたのだと思う。この一小節を含む楽曲のイデアはひと通りしかなく、それゆえイデアを探ることで音楽の残りの部分も一意に決定される、と。
 もちろん、こんなことは空想にすぎなかった。六年生になって、ぼくは反例を見つけた。すなわち、ある一小節に対して、それに続く何通りもの音楽が作曲可能であることに気づいたのだ。「完全な音楽」は、いくらでもあったのだ。
 しかし、これを「完全性をそなえた音楽」と言い換えてしまえばどうだろうか。一小節に対して、不完全な音楽はいくらでも作曲しうる。しかし、完全なる音楽はひと通りにしか作曲されないのではないだろうか。いやむしろ、ある一小節の音源に対して、完全なる演奏はひと通りにしか奏でられることができないのではないだろうか。もっとも美のイデアを多く含み持つ演奏というものは!
 バカバカしい話だ。けれど、ぼくは書きかけの小説に、いつもそれに続く「完全性をそなえた小説」を演繹し、そのイデアをなぞるように執筆を続ける。こんなものは夢かもしれない、いや夢でしかない。原子一個に対して、江戸時代の空間は再現されているだろう。しかし、ぼくは江戸時代へ歩きもどることはできない。もしかしたら、この原子は、あの原子ではないのかもしれないのだ。
 ぼくには殆ど友達がいないことに気がついた。「完全性をそなえた友達」を夢見すぎたせいだろう。そんなものは自分自身でしかない。だからぼくはナルシストである。独我論というのは、他者の定義にあまりにも厳しくありすぎたゆえに、もはや神しか他者でありえなくなってしまった人間のとる、哀しい論理なのかもしれない。このアプローチは、けれども文学的過ぎるようだ。

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2007年5月20日 (日)

雑記;2007/05/20

Azami ◆読書記録

 このごろ読んだ本は、次の通り。
『劫尽童女』恩田陸/『永すぎた春』三島由紀夫/『蒲生邸事件』宮部みゆき/『村野四郎詩集』白鳳社/『吉田一穂詩集』岩波文庫/など
 現在読みかけている本の内、読む頻度の高い本(積読が多すぎて、頻度でしか事態を語れません)は次の通り。
『マルテの手記』リルケ/『日本文化史』家永三郎/『寺山修司幻想劇集』平凡社/『天才の心理学』クレッチュマー/『孤独な散歩者の夢想』ルソー/『孤独の世界』島崎敏樹/『あなたが、いなかった、あなた』平野啓一郎/など
 ペースが大幅にダウンしております。事情があって、いろいろ忙しいのです。

◆音楽

 このところ YUKI にはまっており、『joy』『WAVE』『PRISMIC』と、アルバムをあいついで購入しました。もとはと言うと、何年か前にエフエム802で『長い夢』がよく流されており、当時は暇つぶしにラジオをかけていただけだったので、なんとも思わなかったのですが、数ヶ月前、急に『長い夢』が聴きたくなってきたわけです。爾来、朝のコーヒーと YUKI なしでは生きていけなくなりました。
 クラシック方面では、リストの『超絶技巧練習曲集』CDを購入。クラシックは右も左も分からないのですが、たまにCDを買ってみることにしています。超絶技巧はイマイチだったかな……。

◆雑感(上からの続き)

 それにしても、音楽ってふしぎなものですね。音楽家が自由に旋律を楽しめるように、小説家も自由に文体を楽しめるようになったらよいのですが。音楽家が旋律で遊ぶことを認めてくれても、世間はなかなか小説家が文体で遊ぶことを認めようとはしないものです。文体を楽しまずして、いったいどうやって小説を楽しむというんでしょうかね。みなさん、芥川龍之介の小説を現代若者言葉に翻訳してあったら、読みたいと思われますか? それはそれで、ネタ的な意味で読みたい気はしないでもないですが。
 あと、情報媒体(CDとかね)を主軸とする現代的な音楽文化は「聴き込み」という作業を不可分な一部として鑑賞行為の中に組みこんでいるのが、おもしろいですね。同じ音楽を、二度、三度、くりかえして味わう。J-POP だったら、十回目ぐらいが、なんというか脂が乗ってくる感じで、もっとも大きな感動を与えてくれます。これ、小説だとありえないでしょ。小説って、鑑賞者がたいへんな労力を浪費してしまいますから、同じ小説はせいぜい二回、多くても三回ぐらいしか読まれません。ぼくが十回でも読みたいような小説なんて、まあ『デミアン』ぐらいかな。なにしろ手軽なんですね、音楽は。明治・大正時代の小説を苦労して読んで、どうにかこうにかいざなわれる「ああ、これが文学だ!」ってな感動を、バッハは再生ボタンひとつで与えてくれます(いわゆるゴージャスな気分?)。

◆日記

 本年二月二十一日から日記をつけだしました。かなり長続きしております。過去のことは、すぐに忘れていってしまいますから。過去をもてあそぶのが好きなぼくにとって、将来、なによりのオモチャになってくれそうです。ただ、悪いけど死後出版だけはされたくないなあ。ぼくの書くものはなんでも作品だからといって、そんなにうまく日記なんて書けないよ。

◆アザミ文字(上からの続き)

 で、たまに暗号で日記を書いてみたりしています。アルファベットを置き換えただけの暗号文字で『アザミ文字』という名前をつけているんですが、現物は写真をごらんください。ローマ字方式で綴るわけですね。大文字と小文字があり、自分で作っときながら小文字は自分でも覚えられません。
 どうして『アザミ文字』という名前なのかというと、その昔、ぼくが政治結社;アザミクラブを自分で勝手に名乗っていたころ、秘密通信をするための暗号が必要だということで、ぼくが開発したものだからです。ところが、アザミクラブは、現在ではほとんど潰れたも同然で、この暗号も機密情報でもなんでもなくなってしまったので、こうやってインターネットに写真を載せたりできるわけなのです。これでも、同じ文字が二つあったり、ジャミング記号がまざっていたりと、けっこう解読者を攪乱するような仕様になっているんですよ。
 現在、アザミ文字を使う利点はほとんどありません。唯一、人前で恥ずかしいメモをとることができる、これだけ。誰も通信する人がいなくて、おもしろくありません。誰か、アザミ文字を覚えてくださる人はいませんかー。

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2007年2月 6日 (火)

漢字神経症の現在

 漢字神経症の現在を報告してみる。

【註:漢字神経症〔Kanjilate Neurosis〕……2006年に文士、谷口一平が同定した、文中で特定の漢字が使えなくなるという神経症のこと。罹患すると、ひとつひとつの漢字に極端な好悪をもつようになり、進行すると言語崩壊をもひきおこしてしまう難病である。メカニズムは解明されておらず、有効な治療法が見つからないのが現状である】

 どういうフォントを使うかということが、漢字神経症のファクターになっているのではないだろうかと、このごろ気づいた。ぼくは普段、MS ゴシックの 12pt を用いて作業している。このフォントをこのサイズで表示する時、どれだけ字体が崩れてしまうかということが、漢字神経症のひとつの要素になっているようである。むろん、それだけではないだろうけれども。

 基本的に、縦横の線だけで構成されている漢字は、崩れにくい。それに対して、ナナメの線が加わると、どうしても表示が崩れてしまう。この表示の崩れが、ぼくはどうしても許せないようだ。綺麗に崩れてくれるのならよいが、汚く崩れられるといただけない。結果的に、ぼくは、縦横の線だけで構成された画数の多い漢字を好むことになる。「論」「唯」「理」「時」など、いづれも好ましい。これらの漢字は、12pt に小ぢんまりと収まってくれる。

 半年ほどのあいだに、克服できた漢字、及びあたらしく嫌いになった漢字がいくつもある。それらを述べたててゆこう。

 「黄」は克服に成功した。これでもう「黄という漢字は共と由からできているじゃないか。このふたつは、ぼくの好きな漢字の筈だ。それなのに、どうして黄が許せないんだ。そんなこと、あるわけがないじゃないか……」などと自己催眠せずともすむ。もっとも「黄」なんて漢字は、みんなひらがなにひらいてしまえばよいわけだから、被害はたいして大きくなかった。一時期「夜」が使えなくなっていたが、この時の被害は甚大だった。夜であることを表現するために、いちいち「日がくれて」だの「暗くなって」だの、言い換えせねばならず、非常にこまった。今でも、たまに使えなくなったりはするものの、基本的に「夜」は克服できたようである。

 「自」の克服にも成功した。これに伴って「目」をも克服するにいたった。「じぶん」は習慣からひらがなにひらいているが、そろそろ「自分」と漢字で書いても好いころである。「大」も克服した。大という漢字は、使えるようになってみると、いろいろと味のある漢字である。「間」もなんとか使えるようになってきたが、いまだに門構えの漢字は苦手であり、忌み字にしてしまう。「苦」や「外」、「崩」、「出」なども使えるようになった。

 ひさしぶりに「気」が使えるようになった時の感動と言ったら! 懐かしい友に再会したかのような、しみじみとしたよろこびがわいた。もうこれで「気づく」も「気もち」も忌む必要がないのだ。改めてながめてみると、なんと好い形の字ではないだろうか。「気」に伴って「汽」が使えるようになったこともうれしい。文字というものは、ぼくにとっては生きている。

 ところが、もちろん使えなくなった字もあるわけであり、これが意外と多い。「新」「何」「数」「皿」「恋」「久」などが忌み字になった。もちろん、使えている場合もあるが、使えない場合が多いのである。「何」は、以前はすべて漢字で用いていた字なのに、ひどい叛逆に遭ったものである。「数」と「恋」は旧字体でなければうけいれられない。「皿」は、MS ゴシックの 12pt で見てもらえれば分かる通り、縦線と縦線の幅がいちばん右だけ大きくなってしまっている。この表示の崩れが許せない。

 ひどいことには「のぶん」のつく漢字があらかたダメになってしまった。これはたいへんな痛手である。「教」も「攻」も「政」も、気にしなければ使えるのだが、そこに「のぶん」が存在していることを考えただけで、もう忌み字になる。「のぶん」というのは、中国語で動詞を示す記号なのだそうだ。このことを知って、ますます嫌になった。

 「力」はもともと忌み字であるが(お前はカタカナか!)、つられて「動」や「働」も好ましくなくなった。熟語で無理に使うと使えはするのだが。いちいち気にし出すと、どこにも難点のない漢字などなかなか見つからない。「りっとう」が嫌いなので「利」もこのごろ嫌いである。「犬」が嫌いなので「厭」もさいきんでは使えない。「最」は、なにが嫌いなのかよく分からないが、とにかく使えない。「極」や「石」も、ダメになってしまった。

 前から嫌いであり、今でも嫌いである漢字は、それはもう、山のようにある。「思」しかり「区」しかり。「区」は旧字体ならよろこんで使いたい。「喜」もダメ「宿」もダメ。偏に「馬」がつく漢字はみんなダメ。「駆」なんて、馬と区とのダブルパンチで、見ていると肚が立ってくる。「眺」ダメ「題」ダメ。「第」もダメ。数字は、昔は「一」から「十」まですべてダメだったが、このごろでは結構使えるようになってきた。しかし「六」だけは許せない。「岡」ダメ「短」ダメ「私」ダメ。「平」「扇」「層」「村」「程」「保」「度」「回」「上」「下」「左」「右」みんなダメ。あげていったらキリがない。近ごろは金偏、人偏ですら許しがたくなった。

 ……こうやって書きつらねてみると、じぶんの言語生活がどうやって営まれているのかじぶんでも分からなくなってくるほどだ。これで文士やろうってんだから、ひどすぎる境遇だと言ってよい。縫い針一本で木塊を彫るというがごとき無謀さである。もっとも、実際は忌み字であっても泣く泣く使うことが多いのであるが。それにしたって、これだけ忌み字を抱えているとたいへんである。「思」を使わないために、「題」を使わないために、なおかつ不自然にならないようにして、綱渡りのように文章を繋いでゆく毎日。言語崩壊こそ起こさなくなったが、普通の人にはないハンデをせおって小説書こうというのはたいへんな苦労である。ちなみに、言語崩壊の極致(「極」と「致」とで作られているなんて、なんというひどい熟語だ!)の時に書いた作品が、異端文學研究『或』参号に載せた『腦髓噪言』である。

 漢字外の神経症で言うと、このごろ「ず」というひらがなが使えなくなってこまっている。「ず」は打ち消しの助動詞であるから、言うまでもなく重要なのである。「ず」が使えなくなった理由も、先述のフォントにあるようだ。漢字なら、一万字近い文字があるわけだから、百や二百が使えなくなったところでどうにかなる。しかし、ひらがなは五十文字弱しかない。漢字のようにはいかないのである。「印刷されたらこんなふうには崩れない」などとじぶんをだましだまし、無理矢理に「ず」を使っている。

 漢字神経症の克服について。完全な克服法は存在しない。今のところ、見つかっていない。しかし、無理に使ってみるというのがひとつの手である。無理に使う場合は、ひとつだけ使うのではいけない。「宿泊」などと使うのでは、この「泊」は嫌いな字ではないから、あまり意味がない。そうではなく、ショック療法を用いるのだ。「宿題」などと、わざと嫌いな字をふたつ重ねてみる。そうすると、だんだん感覚がマヒしていって、忌み字を使ってもなんともなくなる……場合も出てくる。いつもうまくゆくとは限らない。だが、効果的に漢字を配することによって、忌み字を忌み字でなくさせることに成功する場合があるのである(たとえば「目」という漢字を克服するために、ぼくは「目ざす」という用字をわざとするようになった)。

 以上、漢字神経症の現在である(「以」も「上」も忌み字だから、これもショック療法)。

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