2009年6月24日 (水)

文学的理性のこと

 このごろ考えたことをまとめてみる。

 このあいだ、新文学ustを拝見していて、ディスコミュニケーションがどうたらという内容の会話を聴きながら、本当のディスコミュニケーションをひしひしと感じさせられていた。それは、間‐理性的なコミュニケーション(ディア=ロゴス)がいかに不可能であるかという、その断絶のふかさを思い知らされたからである。批評するロゴスは、もちろん島宇宙への自閉を破り、全体性を目がけてゆくような理性なのであるが、このような理性は、ただに批評だけの所有するものではない。哲学もまたそうだし、じつは文学もそうであろうと思う(ぼくの「批評」批判の眼目は、文学もまたそのような理性であるという点に存する)。このことが、まったくと言ってよいほど理解されなかった。すなわち、批評は、みずからのロゴスに対峙して立ちあがってくるような理性の可能性について、あまりにも想像力が欠如しているのである。ロゴスの異質性を超えた間‐理性的コミュニケーションの本当の難しさは、この点にあるのではないだろうか。
 批評に対する哲学の他者性というのは、島宇宙同士の他者性(多言をもちいるほどの他者性とも思えないのだが)などよりも、もっとずっと超越的な他者性である(しかし完全に超越的であるわけではない)。哲学と批評とのコミュニケーション不全は、島宇宙への自閉を破り、全体性を目がけてゆくような理性同士におけるメタ・レヴェルの対立、つまり複数の全体性のあいだにおけるメタ・コミュニケーション不全なのである(批評するロゴスは、すでに「複数の全体性」という表現を誤読しているだろう)。永井均のタームでは、哲学するロゴスとは省察的理性(真理の全体性を目がける理性)のことであり、批評するロゴスとは解釈的理性(価値の全体性を目がける理性)のことである。そして、解釈的理性にとっては、みずからのロゴスに対峙して立ちあがってくるあらゆるロゴスは、もうひとつの解釈的理性であるとみなされがちである(だから「複数の全体性」という表現もまた「複数の“価値的”全体性」として誤読されてしまう)。この意味で、解釈的理性に対して省察的理性は超越的である。もっとも、「真‐善‐美」という組み合わせが伝統的に用いられてきていることからして、この三項の対立が理解できる以上は、完全に超越的である筈はないと思う。ここで、文学(藝術)的理性を「美の全体性を目がける理性」として位置づけたい。すると、こうなる。

【世界に対する理性のありかた】
○哲学するロゴス=省察的理性=真理の全体性(独我論的?)
○批評するロゴス=解釈的理性=価値の全体性(政治的?)
○表現するロゴス=文学的理性=美の全体性(A感覚的?)

【共通点】
○なんらかの全体性を目がけていること
○論理の言葉を用いること

 批評するロゴスに対して哲学するロゴスが超越的他者であるのと同様に、批評するロゴスにとっては表現するロゴスもまた、超越的他者なのではないか、というのが、ぼくの批判である。すなわち、批評は美を価値として誤読することによって成立する。たんに美の全体性を目がけるような理性のありかたを、批評は掬いとることができない(先述の通り、完全に超越的ではないので、ちょっとは掬いとれているかも)。
 哲学するロゴスと批評するロゴスとが対立しうるのは(つまりぼくがこんな文章を書かなくてはならなくなった理由は)、文学を媒介項として立てることができて、文学をめぐって両者が対立できるからではないだろうか。すなわち、真理と価値とは美(エロス)から全体性を補給しなくては存立できないのかもしれない。ここで真理を独我論的なものとして、価値を政治的なものとして考えると、瞬間性と歴史性とが美を媒介にして橋わたしされるというわけだから、稲垣足穂=オスカー・ベッカーの「美のはかなさ」論と同じ話になってくる。しかも、哲学と批評との両者に対して文学は他者なのである。文学的理性は実作によってしか、みずから表現者となることによってしか、掬いとられることはない(作者が死んでいたら小説は書けないのです、誰がなんと言おうと)。
 さてはて、間‐理性的な言説空間(ロゴスをコミュニケートするようなディア=ロゴス)は構築可能なのだろうか。そもそも、三種類の理性の出自を洗う作業が、ここまでないがしろにされてきた。これらロゴスの異質性は、いかなる基盤によって与えられるものなのか、そしてそれぞれのロゴスを特徴づけ、語りうるような言葉は成立できるか。「論理の言葉」がキー・ワードになりそうな気がしている。少なくとも、論理的瑕疵を駁論することによる間‐理性的コミュニケーションは常に可能であるからだ。このところ数年来、ぼくはいつでも「論理」というアポリアに立ちもどってしまう。それからもうひとつ。美の全体性とはなにか。それは「世界をデザインする」ということと、どんなかかわりがあるか。この点についても、おいおい考えてゆきたい。

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2009年4月 5日 (日)

京哲34#レポート

◆第34回京都哲学道場(2009年4月4日)
◆参加者:itikun、コーゾー、さかた、深草周。

 前半は、深草君が切り出した「ゾンビとビンゾの話」をめぐって、雑談、というかレジュメなしの議論がスタートした。深草君いわく、永井ワールドにぞくしている人しか来ていないということで、こういうなりゆきになったものだろう。

 深草君の立脚している議論を、ぼくは知らないから、なんとも言えないが、ゾンビの逆としてのビンゾを考える場合、ぼくはゾンビもビンゾも現実性(アクチュアリティ)のレヴェルで考えている。つまり、
「私はゾンビではなく、他人はゾンビである」
 という意味でのゾンビと、これに対する、
「私はビンゾであり、他人はビンゾではない」
 という意味でのビンゾとを、考えている。もしここで、入不二的に「ビンゾ」と「ゾンビ」を置換してみるなら、「私はゾンビであり、他人はゾンビではない」ということになるだろう。
 で、深草君は実在性(リアリティ)のレヴェルでゾンビの議論をやりたいということだったが、ごめんなさい、深草君の「ゾンビ」がどういう意味でのものなのか、ぼくにはちょっと分からなかった。他者の内に「心」なる存在を各人が立てることを承認する立場、というのは、どういうことになるのかな。それは機能主義のことなのかしら。そうではないの?
 それはともかく、肉体(って、どこまでが肉体?)のないゾンビと、〈私〉のないビンゾとでは、違う気がするということをぼくは述べました。現実性のレヴェルでは、ゾンビとは「〈私〉ではない=〈私〉がない」という意味だけど、ゾンビに定義上許された私秘性は、そのまま残ってもよい筈だ、と思ったので。つまり肉体は存在せず、私秘性だけを有する、認識不可能な存在。というか、構成概念としての一般的な意味における「魂」って、そういうものではないかな。これに対して〈私〉のないビンゾには、なにも残らないと思う。深草君が言いたかった違いは、この違いではないのだと思うけどね。

 そんなこんなで議論が紛糾し、三時前後の休憩を入れて、ようやくレジュメの発表ということになりました。ただでさえ内容が濃かったのに、急いだので、「客観的客観性の客観性が主観的客観性の主観性を間主観的に客観的客観化する!」などと機関銃みたいに喋ってしまった。参加者のみなさま、すみません。

 このたびの発表で、ぼくが特に主張したかったのは、以下の二点。

○非科学的なものというのは、「主観的客観性の科学」という意味では科学的なのであり、競馬においてリアルな利益を生むために、それはなくてはならないものである。

○それら一切を凌駕する「超越的非科学」を考えることが可能であり、それこそがアクチュアルな利益を生みおとす当のものなのである。

 超越的非科学の説明は、レジュメでは不充分だったので、咄嗟に以下の考え方を案出し、説明に利用した。

「いまここで、コップを手にとり、手をはなす。コップは落下するかもしれないし、落下しないかもしれない。あらゆる科学的説明を凌駕して、只今この瞬間、なぜだかコップが落下しないということは、どこまでも可能でなくてはならない。コップを手にとる。コップから手をはなす。コップは落下する。なぜだかコップが落下しないということがどこまでも可能だったにもかかわらず、只今この瞬間、〈なぜだか〉コップは落下した。いまここでコップが落下するかしないかは、実在的な内実からは全く束縛されていないことなので、コップが落下するということはひとつの〈奇蹟〉である。すなわち、ぼくに〈ツキ〉があったから、コップが落下したのだといえる。このような〈ツキ〉のことを、超越的非科学という。しかし、コップが落下したということは、いままさに実在的な事実となってしまったから、この実在的な事実を実在的に考えるかぎり、それは科学に回収されうることであり、科学的法則という物語によって、ならびたつ実験のなかのとある実験として、コップの落下という実験が行なわれたのだとみなされる」

 しかしどうなんだ。ぼくはとんでもないことを言っていやしまいか。つまりアクチュアルな〈ツキ〉が、リアルな「科学」を現に生み出してゆく、とぼくは言っているのだ。永井にそくして言い換えるなら、アクチュアルな〈私〉が、リアルな「世界内的な存在者」に干与し、変化を生じさせてゆく、と言っているのだ。しかも、このレジュメでぼくが一番考えたかったのは、アクチュアルとリアルという二分法は本当に正しいのか、この二分法は錯覚なのではないかということだった(もちろん結論を出してはいない)。
 しかしこれはヤバい。科学の産出運動における生成力こそがアクチュアリティであるとぼくは論じたが、めちゃくちゃ危ないことをぼくは言っている。深草君の指摘の通り、科学が存在する可能世界(アクチュアルでない世界)を考えることができるし、その世界の住人も、科学の生成力とはアクチュアリティである、と主張することができるからだ。じっさいには、その世界はアクチュアルでないにもかかわらず! アクチュアリティを内実にからめてしまうと、アクチュアリティとリアリティとを分離した議論ができなくなってしまう。そのうえ時間的にも、科学とは有史以来、営々と織りなされてきたものである。それを、独今論的なアクチュアリティにおいて主張してしまおうとは。それは(語りうるかどうかは措いておくとして)可能な立論なのか? それともなにか別の構造に、永井哲学自体を頽落させてしまっているのか? よく分からない。
 〈ツキ〉が〈私〉と違う点は、〈私〉とはただの現実性であるのに対し、〈ツキ〉とは予測的態度における現実性であり、それだからまさに現実性を物語に賭けわたすものでもあるということ。つまり自由意志の問題圏にかかわっている。自由と不自由との両面性が、あるポイントにおいて統一されなくてはならない。その統一はどうやって可能になるのか。
 深草君は、これを「超越論的神と、存在者としてのキリストとの、統一というアポリア」に定式化してみせてくれた。この定式化は正しいと思った。しかしここで、別口の難点が登場してくる。つまり「神」と〈開闢の神〉とは違う(そしてぼくが問題にしたい統一は後者である)にもかかわらず、それがキリスト教の宗旨論争と同一の構図になっているというのは、どういうことなのか。というか、これを同一の構図だと考えてしまってよいのか。
 少なくともどちらも超越論的である。そして、超越論的であるということが、同一の構図をみちびいてきているようにも思える。しかし、ぼくは超越論性を統一したいわけではない! ぼくはアクチュアリティとリアリティとを統一したいのだ。
 ……逆に考えて、そもそも超越論性というのは、そんなどこにでもかしこにでも登場してくるものなのか、という疑いがおこる。超越論性が問題になるのは、それがなんらかの意味で〈私〉と関係している場合にかぎるのであって、〈私〉と無関係にキリスト教だの物自体だのという場面で超越論性が出てくるのは、たんなる錯覚、気のせいなのではないか、というふうにも思える。つまり永井哲学以外での超越論性の全否定。うっひゃー。

 もう全然、哲学道場とは関係のない話をしますが、このごろぼくは、超越論的文学は可能か? ということを考えている。
 マンガの主人公は死なない。すなわち、主人公以外の登場人物については、生と死との対立を考えることができるが、主人公についてはこの対立は存在しない。つまり、主人公は超越論的「生」を所有している。ぼくが大好きなマンガ『修羅の門』は、このことが作品内でも追究されている。つまり、主人公である陸奥九十九にとって、「戦い」とは常に生死を賭けて行なわれるものである。ここでは「生‐死」「強い‐弱い」「勝つ‐負ける」という通常では独立の対立軸が、すべて重ね合わされている。「勝ったのなら強くないことはありえず、強いのなら勝たないことはありえない」というわけだ。九十九は超越論的に「強い」。だがそれは、九十九が〈死〉を賭けているからこそである。
 ところで、ぼくをマンガの主人公だと考えてみよう。ぼくが登場するマンガは、文学をテーマにしたマンガである。ぼく以外の登場人物にとっては「文学である‐文学でない」という対立を考えることができるが、ぼくは超越論的に文学者なので、ぼくについてはこの対立は存在しない。ぼくは超越論的「文学」を所有している。すなわち「ぼくがなしたことなら文学でないことはありえず、文学でないのならぼくがなしたことではありえない」というわけ。
 こんなことは本当に可能なことなのだろうか。少なくともこれまで、ぼくはそのようにして生きてきた。あらゆる認識が可能になる条件として、ア・プリオリにぼくは文学者だったし、たとえ小説を書いていようがいまいが、ぼくは「文学している」のだった。
 このような文学を〈文学〉と表記するとして、話は〈ツキ〉の場合とまったくおなじ帰結をもたらす。すなわち、〈文学〉は〈私〉とは違っている。〈私〉がたんなる現実性であるのに対し、〈文学〉とは態度的現実性であり、それは現に、ぼくに小説を書かしめるものであり、あるいは小説を書くという予測的態度にぼくを置こうとするものである。すなわち、〈文学〉はアクチュアルである一方、リアルな世界内的事実に変化を与えるものである。ここでもまた、アクチュアリティとリアリティとの統一が問題になってくる。
 いったい、ぼくが超越論的文学者であることは可能なのか。そして〈文学〉を「小説」へと賭けわたす〈オッズ〉とは何か。これからじっくり考えてゆきたい。

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2009年3月22日 (日)

雑記 20090322

 報告。「新現代詩の会」を脱会いたしました。

 とりあえず、破壊できるものからみんな破壊していって、残されたものだけを自分の呪いとして背負ってゆきたい、というのが現在の心境です。

    ○

 第1回哲学書ランキングの結果発表をしました。
 ご協力いただいたみなさま、どうもありがとうございました。
 http://tetsugakudojo.web.fc2.com/rk0804_0809.html

    ○

 そのときどきに考えている内容が自律的にくっつきあって、変なことばかり思いついてしまうのは、どうにかならないものか。

 稲垣足穂は「A感覚とV感覚」において、V(ヴァギナ)感覚とはA(アナル)感覚から派生したものにほかならず、P(ペニス)感覚とはV感覚がさらに反転したものにすぎないという、澁澤龍彦いわゆる「エロスの絶対的一元論」を打ち樹てた。すなわち、P感覚‐V感覚という常識的対立は、A感覚の一元論に解銷されるわけである。ここでA感覚こそ、あらゆる性感の基礎をなすのであり、それはP感覚とV感覚とをつなぐ「夢の懸橋」であると同時に、「宇宙的郷愁」から「精神性」への媒介をはたすことともなる。
 「A感覚とV感覚」は、美学論「美のはかなさ」を下敷きにして書かれたものである。「美のはかなさ」はオスカー・ベッカー『美のはかなさと芸術家の冒険性』をタルホが読み、自己流にまとめた文章で、ハイデガー現象学を前提に、「歴史」と「人間的自然」との対立を、「美のはかなさ=超存在論的基礎緊張」が橋わたしするという構図になっている。つまり純粋持続的で尖端的な「美のはかなさ」が、「絶対なる矛盾を解決」(シェリング)するものであるというわけ。
 ところで茂木健一郎が「プラトンの時代と現代とでは、実在するものが反対になっている。プラトンの時代はイデアこそ真の実在だったのに、現代ではイデアは仮象とみなされる」という意味のことを述べていたと、関東のエヌ氏よりうかがったのだが、奇遇にも、同様のことが「美のはかなさ」に書かれてあった。いわく「プラトーンにあってはイデーは本質的に真実なものであり、生成界は単なる見せかけである。現時の哲学者らにあっては反対に、『規範』が単にイデー的なのであり、流動の生のみが現実である」云々。まあもちろん、これはたんに時宜にかなった話というだけのことであるけども。
 で、「美のはかなさ」が「A感覚」と等置される。タルホがそう主張したことがあるかどうか、ぼくには分からないが、そう読むのは順当だと思われる。ここで、浅田彰『構造と力』における、構造‐力の二元論の、力の一元論への脱構築を思い出してもよいのだが(そして多分、こちらの方が正しい読み方だろうが)、話を辿るとハイデガーなわけで、あえて永井均を導入してみるのもよい。つまり「言語的世界」と〈私〉との対立を、美がとりもつと考えるのである。というか、そう考えてみないことには、ぼくには自分が文章を書く理由が分からなくなってしまう。絶対的矛盾を解決するものとして芸術(変性感覚?)がある、という方向でこれから考えてみることも無益じゃないだろう。
 ところで再び脱線しますが、ぼくは永井先生の日記で「変性感覚」という言葉を目にして、勝手に「分裂病的感覚」と読み換えていた。というのは、分裂病者は世界に二重定位(複式簿記)するといわれている。つまり、一方ではわれわれの住む言語的世界にぞくしていながら、他方、われわれの理解のまったく及ばない世界(言語ゲームの外)にも生きているということ。われわれが分裂病者を理解する場合は、一方的に、われわれの世界の側からしか、理解することができない。このさい、分裂病は「不安」として立ち現れてくるわけである。……でも、そうだとすると、分裂病的感覚を小説が描けないというのはおかしな話で、ぼくが小説に期待するのは、まさにそういった分裂病的感覚であるわけだし、内田百間の茫洋たる夢幻空間にも、稲垣足穂のコスモロジーにも、それは見出せると思う。これは、言語に乗らない筈の〈私〉をどうして言葉で論じることが可能なのか、という話でもあるのだろう。
 本筋にもどるとして。そういうわけで、「美のはかなさ」が対立をより高次に統一する、という論旨になっているのだけれど、これはさすがに牽強付会といわれても仕方ないが、ユダヤ教神秘主義のカッバーラ体系と、おもしろい符合をみつけることができた。カッバーラ体系では「セフィロト=生命の樹」が独自の理論的展開を遂げたのであるが、アイン・ソフ(無限)からの六番目の流出であるセフィラ、ティファレトは、日本語では「美」ないし「崇高」などと訳出される。このティファレトは、四番目の流出であるケセド(慈悲)と、五番目の流出であるゲブラー(力)との対立を統一する役割を担っている。のみならず、ティファレトは「生命の樹」の中心となるセフィラでもあり、その右半分(陽)と左半分(陰)とを中央において調和させる役割すら担っているのである。このセフィラが「美」と呼ばれていることは、なかなか興味ぶかい話ではないだろうか。占星術的には「月」の象徴になるのだが、アレイスター・クロウリーは『トートの書』において、ティファレトにはタロット・カード(小アルカナ)の四枚の六が対応すると述べており、それは「太陽」を象徴すると同時に、テトラグラマトンの体系ではイエス・キリストの表現だとも言っている。月であると共に太陽でもあり、陰と陽とを併せもつ。なおさらに、マルクトの女性原理に対し、ティファレトは男性原理を意味するともいう。すると、タルホが主張するA感覚とは、アナルセックス、つまり少年愛(ベエデフィリアエロティカ)をも意味しているわけだから、男性にはじまり男性に終わる少年愛=A感覚が、ティファレト=美に対応するという、見事な図式ができあがるではないか!
 さすがに穿ちすぎだろうか……。

 まあこんなように、しっちゃかめっちゃかなことが次々思いつかれて困っているのです。

 (追記)
 ごめんなさい、ちょっと勘違いしてました。
 ティファレトが「月」の象徴になると書いてましたが、そういう事実はなかったです。正しくは、ケテル‐ティファレト間のパス(ギメル)が、タロット・カード(大アルカナ)で女教皇に相当するので、こちらが月ですね。あとはネツァク‐マルクト間のパス(クォフ)が大アルカナ「月」に相当するのと、十番目のセフィラ、マルクトが、月の象徴になっているらしいです。

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2009年3月 3日 (火)

雑記 20090303

 高野悦子『二十歳の原点』『二十歳の原点序章』『二十歳の原点ノート』が新装版で復刊されることになったそうだ。もちろん歓迎すべきことではあるが、少々複雑な気分でもある。恩田陸が一気に売れっ子になったときも、なんだかこんな複雑な気分になった。本読みというのは、自分の好きな著述者がいつまでもマイナーでいてほしいとねがう人種である。
 そういえば、近ごろずっと研究中の寺山修司であるが、著作集が現在刊行中であるということを知った。寺山は、過去に全集が出たことがなく、なんでこういう作家の全集が出ないものかと不審に思っていたのだが、こうやって再評価の気運が高まってくるのはよいことである。ついでに、どこかの出版社がアレイスター・クロウリー著作集を文庫かなにかに入れてくれないものかねえ(自伝だけでもいいからさ)。

    ○

 松平耕一氏主宰の『新文学』第2号に、7000字程度の批評を寄稿させていただいた。ゼロ年代を代表するコンテンツ・アーキテクチャを五つえらんで論評するというもので、哲学をテーマに以下の五冊をえらんだ。

○ジョン・R・サール『マインド 心の哲学』
○永井均『なぜ意識は実在しないのか』
○入不二基義『相対主義の極北』
○中島義道『生きることも死ぬこともイヤな人のための本』
○東浩紀『動物化するポストモダン』

 哲学をオブジェクトに批評を書いたというだけのことで、哲学的な文章というわけではもちろんない。まあ、「哲学ブーム」とそれ以後の哲学出版界の事情について、きちんと論じた批評を過去に見かけたことがなかったので、それなりにはお茶を濁せたのではないかと思う。

    ○

 これからの文学に、どのような方策がありうるのか、近ごろいろいろと考えていて、いくつかのアイデアを手に入れることができた。以下、それぞれ簡潔にメモしておく。

(1)内在的態度へのあくなき拘泥。
(2)〈対話〉としての自作自註実践。
(3)非-詩の可能性。
(4)一作家一ジャンルの徹底。
(5)全集的存在・文体的存在としての作家。

(1)内在的態度へのあくなき拘泥。
 オブジェクトレベルとメタレベルとの循環構造(いわゆるクラインの壺)は、オブジェクトレベルにおいて0だったものが、メタレベルにおいては1とみなされ、この双方が同一の地平に対してひらかれるということだから、0=1という等式の成立だと考えてよい。この等式を最大限に利用して、あらゆる内容を証明しようとすること、あらゆる内実を氾濫させることが、文学の豊穣に繋がるのではないか。

(2)〈対話〉としての自作自註実践。
 岡井隆→寺山修司→中島義道、という流れを考えることができる。つまり、岡井歌論の〈場〉の理論が、あくまで大きな物語を生かしてゆこうとする方策だったのに対し、寺山の場合は、各人がそれぞれ物語を読みこんでゆくものとして、個への退行を断ち切る短歌実践を企図していた。このあたりが、現代短歌運動において、塚本‐岡井‐寺山間の立ち位置のずれとして争点になっていたものと思う。ところで寺山は、演劇において透明なコミュニケーションの可能性を「ダイアローグ」と呼び、一回的なものとしてその場かぎりの物語が回帰してくることをみとめてもいた。そこで、寺山的「ダイアローグ」から中島的〈対話〉への遷移が、そのままポストモダン化の進行と対応することになる。もはや物語が必要とされなくなった現代における〈対話〉は、つねに虚無との戦いを経なくては成立しがたくなっている。
 自作自註は、もともとは岡井的発想であるわけだが、自分の作品がどういう意図で書かれ、どういう文学的意義を担っているのか、どこまでも語りつづけるという試行、どこまでも〈場〉を作り出してゆこうとする意志、これが現代においてあらためて求められてきているのではないか。このような自作自註は、作家と批評家との〈対話〉として遂行されなくてはならない。

(3)非-詩の可能性。
 詩的表現において、詩のレトリックは、表現対象をよりよく伝えるためのものである、という考え方を捨てること。むしろ、詩のレトリックは表現対象を韜晦し、表現対象がなんであるのか分からなくするために用いるものと考えてはどうだろうか。このような考え方は、従来の「詩」の考え方とはまっこうから対立するので、これを「非-詩」と呼ぶことにする。
 ここで詩は、二重の意味をやどすことになる。すなわち、作者による鑑賞と読者による鑑賞とで、まったく相反する表現が立ち現れてくることになる。このことによって詩は、一方で読者の求めに応じることができるとともに、他方、作者の個を表現するものとしての意味も担保することができる。
 Not a poem is this! これが新時代を顕彰する。

(4)一作家一ジャンルの徹底。
 恩田陸は、一作家一ジャンルという言葉をよく体現する作家として言及されることが多い。ここで、いわゆる「三月は深き紅の淵を」シリーズについて考えてみよう(以下ネタバレ)。
 「三月は深き紅の淵を」とは、恩田ワールドにおいて「謎の本」として登場してくる書物のタイトルである。この本にまつわる物語群は、ゆるやかな連関性をたもっていることが特徴的であり、その本は架空の、存在しない本として扱われたり、重要な内容を記した文書として扱われたりする。『麦の海に沈む果実』からはじまる一連の物語も、この「三月は深き紅の淵を」シリーズを敷衍したものであり、それなりの内的連関をたもっていながら、べつの作品では「作中に登場する演劇のストーリー」として扱われていたりもする。
【参考資料:三月シリーズ相関図】
http://web.archive.org/web/20050429070856/http://tacet.milkcafe.to/ondariku/world.htm
 このような作品内の複雑な相関関係は、著名な同人漫画家、粟岳高弘の作品群にもみてとることができる(単行本には『プロキシマ1.3』『鈴木式電磁気的国土拡張機』がある)。『鈴木式……』の222ページに作品相関図が掲載されており、「同一世界」「ちょっと近い」「少し繋がっている」などの関係で、さまざまな作品群がゆるやかな世界観を形作っている。
 恩田や粟岳の作品群は、ひとつの「謎」として読者の前に立ち現れてくる。これら迷路のような作品群の相関関係のむこうに、触れてみることのできない「謎」としての世界が浮かびあがってきて、このことが彼らの作品の魅力となっているのだろうし、一作家一ジャンルとはそういう意味なのだろうと思う(なお、女性を「彼」と表現することは日本語としては間違いではありません、念のため)。これからの作家は、どんどん一作家一ジャンルを徹底させてゆくべきだろう。

(5)全集的存在・文体的存在としての作家。
 作家は、文学の終わりにむけてみずからを駆動してゆく存在である。東浩紀は平野啓一郎について「面白いのは、どうやら彼が、自分には『文学』や『芸術』に正面から立ち向かい、独自の結論を出す権利があると信じているらしいことですね」(『郵便的不安たち#』)と皮肉めかして書いているが、作家が「文学」について、独自の結論を出す権利をもっていることは、ほとんど自明のことだろう。なぜならば、その作家が存在するまで文学は存在しなかったからであり、その作家の死によって、つねに文学は終わりを迎えるものであるからだ(そうでないのなら、いったい「文学」という言葉にどんな意味があるだろうか)。平野が歴史的経緯を捨象して文学を称賛しようとも、稲垣足穂が「ダダ以前にはなにもなかった」と断言しようとも、いささかも不当であるわけはない。最終的には、全集の刊行可能性が作家の存在を支えるだろう。前項でみた「ゆるやかな世界観の立ち現れ」は、究極には、作家の全作品(小説・エッセイ・詩)の全体におけるゆるやかな相関関係、ひとつの「謎」としての作家=文学の提出というところにゆきつくだろう。それこそが全集である。
 なお、ぼくは「文体は内容を凌駕する」という考えをもっているのだが、そこで文体がどういう役割をはたしうるのか、文体と内容とが溶解し合一する地点はありうるのか、ということについては、まだまだはっきりとした意見をもつことができないでいる。哲学的探求が俟たれるだろう。

    ○

 花映塚。マッチハードで魔理沙vsチルノを制するという数か月来の目標が、ようやく達成されました。次はマッチルナで霊夢vsてゐがなんとかいけそうなので、これを目標にやってみようと思います。

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2008年11月 2日 (日)

完全な作品という名前の作者

 さっき、ぼくはこんな歌を詠んだ。

◆紙巻の火口《ほくち》より死のほつるとき小春日の坩堝《うづ》を大駈けてゆき

 作歌過程において、ぼくが生み出した variant は、だいたい以下の24通りぐらい。

◆火口より死を解き放て小春日和
◆火口より死を解きはなて小春日和
◆火口より死を解きはなて小春日へ
◆火口より死を解きはなて小春日へ十馬身差で大駈けてゆき
◆火口より死を解きはなて小春日へ、十馬身差で大駈けてゆき
◆火口より小春日へ死を解きはなて十馬身差で大駈けてゆき(☆1)
◆火口より小春日へ死を解きはなて十馬身差で駈け過ぎてゆき
◆火口より小春日へ死を解きはなち十馬身差で大駈けてゆき
◆火口より小春日へ死をほつらせて十馬身差で大駈けてゆき
◆火口より小春日へ死を解らせて十馬身差で大駈けてゆき
◆火口より小春日へ死をほつらせよ十馬身差で大駈けてゆき
◆火口より小春日へ死をほつらせよ解きはなつとき大駈けてゆき
◆紙巻の尖っぽより死を解きはなて小春日の涯へ大駈けてゆき
◆紙巻の尖っぽより死を解きはなて小春日の涯へ駈け過ぎてゆき
◆紙巻の尖秀より死を解きはなて小春日の涯へ駈け過ぎてゆき
◆紙巻の尖秀より死のほつるとき小春日の涯へ駈け過ぎてゆき
◆紙巻の火口より死のほつるとき小春日の涯へ駈け過ぎてゆき
◆紙巻の火口より死のほつるとき小春日の青へ駈け過ぎてゆき
◆紙巻の火口より死のほつるとき小春日の青を駈け過ぎてゆき
◆紙巻の火口より死のほつるとき小春日の底を駈け過ぎてゆき(☆2)
◆紙巻の火口より死のほつるとき小春日の底を大駈けてゆき
◆紙巻の火口より死のほつるとき小春日の渦を大駈けてゆき
◆紙巻の火口から死のほつるとき小春日の坩堝を大駈けてゆき
◆紙巻の火口より死がほつるとき小春日の坩堝を大駈けてゆき

 当然ながら、これだけの差分を生み出すために、一時間以上は掛かっている。一時間ですむなら楽なもので、何日も考えた挙句ものにならないことはザラである。しかし、そんなのは短歌を作る人間なら誰でも当たり前のことで、とりたてて自慢すべき話ではない。
 上に列挙した差分の中で、ぼくが選び出した歌よりもよいと思われるものがあるかもしれない。最終的には趣味嗜好の話になってくるから、しかたのないことだ。

(たとえば☆1とか☆2などは、ある意味で完成されている。
 ☆1は、上の句と下の句のあいだで殆ど連関が断ち切られていて、非常にシュールな歌風になっている。物凄く深読みをする人で、たぐいまれなセンスの持ち主なら、☆1の歌からでも、ぼくの詩想をだいたい汲みあげてくれるかもしれない。しかし、こんな詠み方はかなりエキセントリックなので、よほどの大仕掛けとして持ちかけているのでなければ、短歌としては失敗作だと言わざるをえないだろう。
 ☆2は、うまく上の句と下の句を繋げられており、通常の意味では短歌として完成されている。しかし、詩想が微妙にズレてしまっていて、ぼくには納得しがたかった。ぼくはこの歌で、上の句の「虚無と陰惨」のイメージを、下の句の「無謀と疾走」のイメージと表裏一体のものとして、対比させることを試みた。しかし☆2の歌では、「駈け過ぎてゆき」と詠むことで時間の経過が強調されすぎ、結果として、上の句の「静・一瞬」と下の句の「動・永遠」とを対比させる技法になってしまっている。実はこちらの方が詩想としてはダイナミックで、だから☆2の歌の方が好きだと思われる人もいるのは当然だろうが、しかし、それはぼくの詠みたかった歌ではないのだ)

 そんなことよりも重要なのは、ぼくがやったことは、同格の差分のなかから一番よいひとつを選び出してくるという行為ではなかったということだ。上に列挙した差分は、互いに同格なんかではなく、因果律的・時系列的な順番をもったならびになっている。各差分は、ひとつ前の差分から必然的に導き出される。つまり演繹可能なのである。
 これがどういうことかというと、最初に詠みおろした「火口より死を解き放て小春日和」が与えられた時点で、すでに最終形が冒頭の「紙巻の火口より死のほつるとき~」という歌になることが予め決まっていたということである。
 そんなバカな、と思われるかもしれない。もっと別の過程を辿って、全然別の短歌になっていた可能性もあるだろう、と思われるかもしれない。だが、ぼくには「それは完全な短歌ではない」と断言することができる。「火口より死を解き放て小春日和」という原型に対する完全な短歌形は冒頭のあの一首でしかありえないのである。それを証明するために、ぼくは幾らだって饒舌になれる。どの差分ひとつについても、その差分が導き出されたことについての論理的な根拠を滔々と述べ立てる自信がある。
 作品への自信というのは、結局そういうものでしかありえないんじゃないだろうかと思う。それを完全だと言えるだけの、自分がこれまでやってきたことへの信頼、自分がその作品と究極まで対決したことへの信頼、自分の作品の完全性についての、どんな議論にも打ち克てるだけの飽くなき弁明。それが可能であるとき、作品への自信というものは決して打ち破られることがない。美は、そういう現場で火花をちらして生まれる。
 しかし、それなら最初の差分は、もうそれより前に根拠を求めようのない、一番最初の差分は、いったいどこから生まれてきたのだろうか。それがただの無根拠、ただの塵埃でなかったとどうして言えるのだろうか。
 いや、その無根拠をも自己が根拠づけた自己の作品として承認すること、それがニーチェの言う「運命愛」ということの意味なんじゃないでしょうか。最終的に、作者は一個の美・一個の作品となり、それ以上でも以下でもありえなくなる。

 そういう完全な創作活動を……やれるもんならなあ。

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2008年8月25日 (月)

寝よ寝よ

 九月いっぱいで京都に帰ることに決めた。畢竟なんだったわけか、自分でもよく分からない。とりあえず疲れてみた、ってな感じかな。文学の岨路を行きあぐねている内、人生の行路を生きあぐねてしまった。どうしたらいいのかよく分かんない。去年から「分かんない分かんない」しか言ってない。朔太郎じゃないけど寝台がほしい。寝台は求められるためだけにあるものだから、ぼくはかりそめの布団でいいや、少し休もう。休んで考えよう。
 せっかく長崎にいるのだから、やはり軍艦島を訪れてから帰りたいと思う。ミクシィと 2ch の情報を綜合して、渡航方法はだいたい把握。しかし、工事の進行がとても気に懸かる(というより、状況としてもはや無理という可能性もあるしね)。

 土日で、腸の調子を崩しながらも『涼宮ハルヒの暴走』だけ読んで、いまは高橋源一郎『さようなら、ギャングたち』にかかっている。こんな本が存在していたとは、ふしぎふしぎ。ぼくはニューアカブームの八十年代のことなんかなにも知らない。井亀あおいの生きた七十年代はもっと知らない。高野悦子の生きた六十年代はもっともっと知らない。そうして、泉鏡花や森有礼の生きた時代のことなんか、誰も知らない。彼らの使った言葉の意味ひとつとっても宙吊りにされている。宇宙の涯など見たくもない。
 でも、本当はもっともっともっと難しいことがある。それは、人が自己に対し、真に歴史家であろうとすることだ。明治時代のことをよく知っていると言ったら、誰かがちょっとは褒めてくれるかもしれないが、自分自身をよく知っているからといって、誰も褒めてはくれない。自己を学ぶことは世界史を学ぶことよりはるかに困難で、実りない努力。昔の CD-R を外づけ HDD にコピーしていて、小説のヴァリアントやらペイントで作ったらくがきやら、わんさと出てきた。なにを考えていたのか分からない、どうやったらこんな表現になるのか分からない、ファイル名の意味すら分からない。
 それでも繋いでゆくのだとしたら、ぼくはかなしい裁縫職人ですね。
 京都帰ったら胃腸科に行こっと。

 小説の話でもしましょうか。ここ一年ぐらい、自分の小説の話をした覚えがない。自称作家なのに。これじゃ、ぼくがいつのまにか、ヴィオロン職人になるためにヨーロッパに渡ったり、犬を逆さにして壁にかんかん釘打ちする仕事をしていたりしても、誰も気がつかないじゃないか。それはいけない。モチベーション維持のために夢語りは大切です。
 いま構想している中で一番現実性が高いのは、京都を舞台にした芸術家群像的な長編。ふとしたことで謎の創作集団に関係することになった主人公の詩人は、京都のさまざまな場所で現代アート活動を展開してゆくが、やがてその活動の裏にネットを舞台にした魔術師らの暗躍が見え隠れしはじめ、主人公は現代白魔術と現代黒魔術の熾烈な抗争に巻きこまれてゆく……というお話を考えています。ファンタジーじゃないよ? もちろんテーマは、ぼくの大好きなふたりの魔術師、クロウリーと寺山修司。
 そんな小説が書けたらいいな。

 じゃおやすみ。

 追伸:ARUKOBU氏へ
 例の評論の書きなおしですけど、なんか書きあぐねてるのでもう少し待ってくださいね。モチベーション出たら頑張りますー。

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2008年4月14日 (月)

詩なんかどうせ伝わらない

 この文章の意味が分からなくなったところで読むのをやめてください。

     ×      ×      ×

 詩なんかどうせ伝わらない、といってみても詮ないことで、別に詩にかぎった話ではありません。日常においても、人は論理学者であるよりはむしろ詩人であって、にもかかわらず詩人であるといえるほどには詩人でないということが、事態を難かしくさせています。表現よりも沈黙が、言葉よりも肉体が、求められる場面というものは往々にしてあって、それはそれで詩趣ぶかい事実であるとはいえるかもしれませんが、むしろそういう場面でこそ過剰な表現に走り、増悪 Schub する言葉を生きようとするのが本当の詩人です。だからこそ詩は伝わらない。詩は論理の言葉を用いて書くものではありませんが、しかし日常からもたえず乖離を繰りかえし、それら両者の空隙を辿ってゆこうとする孤独の言葉です。
 ぼくは不幸な詩の話をしているので、あるいは幸福な詩ならそうではないのかもしれない。ですが、ぼくにとって詩とは不幸なものです。その理由は「詩なんかどうせ伝わらないから」であるわけなのですが、このことはとりもなおさず「詩とは伝えようとする言葉である」ということに原因しているのです。ある意味では「詩が伝わる」というのは自明なことで、こういう自明な前提のうえに立って人々は現代詩を「難解だ、ひとりよがりだ」と批判するわけですが、この批判は当たらない。彼らは詩人であるといえるほどには詩人でなかったため、どうして現代詩が難解にならざるをえないのかが正しく把握できていないのです。
 不幸な詩とは、もっとも「伝えようとすること」に愚直であるような詩のことです。不幸な詩は、幸福な一致から遁走して不幸な不一致の中を歩みはじめます。それは、伝えようとするからこその、本当は伝わっていないということへの正直さです。本当は伝えようとしているのに、それなのに彼らの詩は未来永劫にわたり伝わることがない、そういう意味で彼らの詩は不幸とよぶべきなのです。
 Not a poem is this. つまり非-詩である、と。どこかのなんとか大先生の御言葉を勝手に換骨奪胎しますが、不幸な詩人というのは二重の意味で(ひとつに日常を生きられないという意味で。またひとつに真の詩人になれないという意味で)「ならず者」であるわけであり、だからその詩も「詩ならざる詩」でしかありえない(どこかのなんとか大先生の哲学が「哲学ならざる哲学」なのかどうかは存じませんが)。これはしかし、孤独なことです。いいですか、みなさん、これは孤独なことです。本当に孤独なことです。死にたいくらい孤独なことです。

 ぼくが本当に伝えたいと思う相手に、決してぼくの詩が伝わることはないのですから。

 嗟々、なんてサヨナラに近しい肉体!

      ×      ×      ×

 そんな忌わしい営為はもう止めろ。壜の中から脱出することも、壜の中へ投身することも、所詮は壜的思想の階段の上下にしかならぬ。かりに福神漬の壜を真理と仮定してみたとしても、それが一体何になる。(中略)
 大事なことは食わず、理解せずに福神漬の「ありとあらゆる」妄想の淵へ、どっぷり浸ってくことなのだ。
「壜の中の手紙」の発信者は、こう警告する。
「壜を見るなかれ。むしろ壜たれ!」
(中略)
 壜の中へ投身自殺をはかるな。壜を超克せよ。(後略)
                       ――寺山修司『地獄篇』より

 こう述べた寺山修司が、むしろ壜の中へ無限の投身自殺をはかっていたように思えるのは、おそらくぼくの妄想でしょう。というよりかは、壜として生きることのできる者を、人は天才とよぶのかもしれない。そういう意味では、ぼくはいささかも天才ではありませんが、多分鬼才です。なぜなら、ぼくは天などにはこれっぽっちも興味がありませんが、一疋の鬼がぼくに憑いているようだから(二疋ではないという点が重要)。
 いずれにしろ、戦略としては、ぼくもしばらく「壜を超克する」路線で行くつもりです。

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2008年4月11日 (金)

神が舞いおりた、爾後

 日記のようなもの。

 四月七日。
 ずいぶんひどい昼夜逆転中。初更に入る時分まで眠っていると、友人唯君の電話に叩きおこされる。助けてくれと言うので行くと、自転車の鍵をなくしたから自転車屋まで一緒に運んで欲しいとのこと。雨の中、小一時間、えっちらおっちら自転車を運ぶ。やっとこさ到着した自転車屋は閉まっており、自転車をその場に放置しておいて、唯君の学生マンションに上げてもらう。カップラーメンにコーラ、菓子パンやオレンジグミなどをご馳走してもらい、胃の中をちゃんぽんにして帰宅。
 深夜は、JUDY AND MARY のアルバム『WARP』をずっと聴いていた。

 四月八日。
 何時に目を覚ましたか記憶はないが、とうに日のくれた後だったと思う。基本情報技術者の試験勉強や読書をするのに、梦幻院(※ぼくの書齋の号)ではなにかと落ちつかないため、自転車をひっぱり出して夜の街にこぎだす。からふね屋珈琲店で十一時半から約二時間、CASLIIというアセンブリ言語を勉強し、深夜の四條界隈をひとめぐりして、それから烏丸五條角のマクドナルドに居坐る。さらに二時間ほどCASLIIの勉強を続けた後、『涼宮ハルヒの退屈』を読み、ちょうど読了したころには午前六時になっていた。勉強も読書も順調に進み、大変充ちたりた気分で表に出た。
 帰宅してから、制作中の詩『卒業』にとりかかる。装飾過剰な蔓延体で書き進めてゆくという方向性は決定しており、ストーリーの流れも散文体で用意してあるので、もっぱらイメージを具体的に翻訳してゆく作業に摧心する。と、神が舞いおりた。この感覚は本当にひさしぶりだった。綴文し、刪削し、吟味せよ。この繰りかえし。おそるべきスピードで目標が把捉され、寸分の狂いもなく言葉が撃ちこまれてゆく。詩作機械。ふと息をついて、自分の書いた文章を音読しながら「あっ、これはぼくには書けないな」と思った。それほど凄い一文がそこにはあった。ぼくには書けない筈のものをぼくが書いたのだから、これは神が舞いおりたとでも考えるしかない。気がつくと七時間ほど経過しているが、時間の感覚もまるでない。詩は、原稿用紙換算にして二、三枚分、進んでいた。
 だが、だんだん言葉がとだえがちになってくる。文章にはまだ、それほど目立った粗は見えないが、このまま書き続けていると早晩ぬけがらの言葉をつらねることになるだろう。リミッターが解除されて、作品からはよい意味で箍が外れていたが、箍が外れていたのはぼくの精神の方も同じで、要するに精神力が神を御しがたくなってきていたのだ。
 本日終了。午後三時、擱筆。睡眠。

 四月九日。
 夜おそく目を覚ます。深草氏とスカイプで会話し、一緒に深夜アニメの第一話を視る。それからボーッとパソコンの画面をながめ、まんじりともしない。再び『卒業』に手を出す気に、どうしてもなれない。怖い。
 基本、ぼくは瞬撥力で作品を作るタイプの人間であり、あまり長いこと能力を発揮することができない。いつ読みかえしても「ああ、こんな小説は誰にも書けない。こんな文章はぼくにしか書けない」と思わせておきながら、続きがまったく手につかず、未完作品の海に弔われた自分の文章を、ぼくは嫌というほど見てきている。ああなるのが怖いのだ。「もし続きを書けなかったらどうしよう。もし急に文章がヘタになっていたらどうしよう」と思うと、怖い。それは「たしかに昨日までの君は天才だった。そしていまの君は凡人に過ぎず、それも文章を書くことでしか生きてゆけない凡人だから、もう死ぬしかない」という宣告にもひとしい。その宣告がくだされるのが怖い。
 午前十一時まで、ボーッとパソコンをながめたままだった。ふいに一念発起した。手許に積んであった『立原道造詩集』と安西均『暗喩の夏』との二冊を矢継ぎ早に読了し、寺山修司『地獄篇』をじわじわと読んでゆく。人しれず詩に息づく「どこか、ここではない場所」の音楽を聴きうるために、限界まで感覚を研ぎすまさなくてはならない。その瞬間、ぼくは再び神をおろし、一気にこの詩を書きおおすのだ!
 ……だが、だめだった。言葉はぼくに帰ってはこなかった。二時間かけて一行を書いたが、よけい悪くしているようにしか見えなかった。睡眠不足のせいだと、ぼくは逃避した。午後四時、ぼくは寝た。

 四月十日。
 三時間だけ眠り、ぼくは午後七時に布団から這い出した。胃がむかむかして、殆どなにも喰べていないのに食欲というものがなかった。
 ヤフーオークションから、ぼくが友人と組んで出品していた七品すべての自動再出品通知がきた。少しだけ漢検一級の勉強をしてみたが、いらいらしてどうしようもなかった。
 この日記を書き終えて、いまから寝る。明日には、詩が完成することを信じたいが。

      ×      ×      ×

 すべてがやすんでゐる。私もまた、夜だ。眠りにひたされて、遺された子守唄! そして、すべてが失はれてゆくだらう、やすみながら。闇に、つくりもせずつくられもしない闇に、そして光に、かへつてゆくだらう。夜だ!……
                     (立原道造『夜に詠める歌』より)

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2008年3月 3日 (月)

文学を〈半分〉降りる

 あ、BGMはチャットモンチー『東京ハチミツオーケストラ』で。

 東京から帰ってきました。昨夕もネカフェから繋いでましたが、京都にもどったのは今朝です。まあ「面白いこと」にもなんにもなってませんが、とりあえず報告しておきましょう。

 二十九日は神田古書街へ。東京古書会館で即売展があるという情報を先輩からいただいていたので、始まるまで喫茶店で暇をつぶしてから見てきました。京都でよくある「古本まつり」より、規模はだいぶ小さかったですが、周りが古書肆だらけですから、わざわざ集める意味があまりないんでしょう。そこでの収穫は柄谷行人『探求1』と井亀あおい『アルゴノオト~あおいの日記』の二冊。柄谷行人は読んだことがないので、一冊ぐらい読んでおいてもいいかな、という感じ。しかし形成史的研究をするつもりはないので、転回がどうたらこうたらという話を一々追う気はありません。『アルゴノオト』は前から探していた、若年自殺者の手記系の一冊。原口統三『二十歳のエチュード』も見かけたが、あまりに本が襤褸かったので購いませんでした。
 ぼくが若年自殺者の手記を好むのは、おそらく死者が好きなんだろうと思う。そこには理解可能性を超えた他者の存在が開示されるから。宛て先のない「祈り」の彼方に、ぼくはきっと、もういちど自分自身をつかみたいのだ。あきれるほど遠くに離れていってしまった今でも。
 あとは、虔十書林で寺山修司『地獄篇』と『臓器交換序説』を購入しました。

 一日。午前九時に講談社へ。こんどの東京行きの理由はこれです。

 『東浩紀のゼロアカ道場

 簡単に説明するなら、批評家版『TVチャンピオン』みたいなもんですね。深草某にそそのかされて応募してみたら書類選考を通過してしまったので、東京まで出かけることになりました。ゼロアカってなにかと思ったら「ゼロ年代アカデミズム・ブーム」の略なんだそうです。アカデミズム・ブーム? そんなのがゼロ年代にあったのか? それでもって、この東浩紀とかいう人がそれを牽引してたの?
 批評なんて読んだこともなければ書いたこともないわけで、慌てて一ヶ月で、

『動物化するポストモダン』(東浩紀)
『動物化する世界の中で』(東浩紀・笠井潔)
『存在論的、郵便的』(東浩紀)

 を読みました。感想としては、なかなか理知的な文章を書く人だなあ、という感じ。一番凄かったのは『存在論的、郵便的』で、ここまでアクロバティックな書を読んだのは久しぶりです(実は少し前の京都哲学道場でも扱ってるんですけどね、この本)。こないだ永井均『なぜ意識は実在しないのか』を精読していたので、それとの関係ですらすら読めました。ちなみに、のちの二・二六事件(註:二月二十六日午前二時、その東浩紀が2ちゃんねる東浩紀スレッドに降臨し、住人と交流を深め合ったという、日本哲学史上屈指の大事件)で永井均の話も出ていたので注目していたんですが、

>永井先生をご存知ですか?
知ってます。読んでます。

>永井均の独在性をめぐる議論に一言お願いします。
パス。難しいよこの質問。

 とのことで、どうも「否定神学バッサリ」な一筋縄ではゆかないようです(もちろん“当然”ですけどね)。まあ『存在論的、郵便的』という素晴らしい本にも出会えたことですから、これから「永井均と東浩紀の関係を考える」とか、いろいろできそうです。

 え? ゼロアカ道場どうなったかって?

 ……いや、第一関門試験で思いっきり落とされましたがね!

 落選の理由? んなもん、ぼくに批評を書かせてる時点で、それがそのまま落選の理由ですよ、ええもう。尤も、ちょっと甘く見すぎていたということはありました。批評家選考道場なんてイロモノにマトモな奴なんてくるわけないから、第一関門試験ぐらい文章書けりゃ通って、第三関門試験あたりでレベルが高くなってきて落とされるものだとばっかり思ってました。すっかり忘れてましたが、東浩紀にはとりまき連中、じゃなかった優秀な読者のみなさんがいるわけですね。そりゃ落とされるって! 京都哲学道場組は、おひとりは応募を忘れ、おひとりは詳しいことは存じませんが会場では見かけず、ぼくが第一関門試験で落とされたので、全滅ということになります。京都哲学道場によるゼロアカ道場の乗っとり作戦、惜しくもなんともなくここに潰ゆ……。
 ま、講談社のサイトにもうじき論文が上がると思いますので、ぼくの分はほとんど読む意味はないと思いますが、お暇な方は目を通してやってください。

 さて、ここからは自分のことを書きます。しょうじき、ゼロアカ道場も落とされて、もういいや、という気がしてきました。文学を〈半分〉降りることにします。
 結果発表後の交流会で、東浩紀がこんな話をしていたのですが、批評に必要なのは論理の言葉であって、それは小説が用いる煽情の言葉とはまた別のものなんだ、と。そういわれて考えてみると、ぼくは煽情の言葉しか使うことができず、論理の言葉とはおよそ無縁です。ぼくには神を信じない生き方はできない(「否定神学」という時の「神」ですが)。しかし大きな物語が崩壊した現代、イデオロギーによって生きるなんてことはどだい無理だ。そして動物もスノビズムも嫌だ。だから、ぼくは〈孤殖〉することにします。
 芽殖孤虫 Sparganum proliferum という寄生虫がいます。芽殖孤虫は世界で十数例しか確認されていない珍しい寄生虫で、いまだ成虫が発見されていません。人間を中間宿主として使うわけですが、終宿主と出会うことができないので、寄生した人間の体内でとめどなく増殖し、宿主を喰い破ってしまいます。寄生された人間の致死率は百パーセント。
 ぼくは、孤独に殖えることしかできない。芽殖孤虫は遺伝子の突然変異ではないかとも言われていますが、そうだとすると、終宿主なんてどこにもいないことになります。だからといって、無際限な増殖をとめることはできない。ぼくは、合一可能な世界(共生できる終宿主)を夢みつつ、この世界(中間宿主)を喰い破ってゆかざるをえない。そういう諦めがついてきました。だから、ぼくは文学を〈半分〉降ります。文学を〈半分〉降りて、それでも小説を殖やし続けてゆきたいと思います。

 二日に、目黒寄生虫館で本物の芽殖孤虫標本を見ることができましたが、どうにもかわいそうでなりませんでした。

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2008年1月27日 (日)

超自我、検閲失敗す。

 筒井康隆は『パプリカ』という小説を書くにさいして、一夜の内に白髪になったと述べている。『パプリカ』は夢に取材した小説であり、執筆のために自分が視た夢をいじくりまわしていたために、白髪になってしまったのだという。筒井は、この体験を元に、夢というものを安易な気持ちでほじくるものではない、必ずしっぺがえしを喰らうと忠告する。だが、こちとら「夢に生き、夢に死す」が商売であり、忠告されてもどうしようもない。ぼくは基本的に、中学二年生の秋から冬にかけて視たいくつかの悪夢に影響されてこれまで生きてきた。フランツ・カフカいわく「夢は現実を暴露する」ということだが、これは夢に対するいくぶん静的な解釈であり、ぼくだったら「夢は夢自体を暴露する」とか「夢は存在論する」とか、せめてもうちょっと動力学的な表現にしたいと思う。

 それはそうとして、今ちょっと精神が不安定である。できたら誰かと話していたいくらいなのだが、午前四時ともあり無理な相談で、しょうがないから日記でも書いて心をおちつける。おちつかなかったらニコニコ動画でも視て陽がのぼるまで繋ぐ。それというわけは、昨日の朝九時に視た夢にあるのであって、その夢が原因で今までずっと精神不安定なのだ。精神不安定というか、正直なところ怯えている。それにしても、いくらぼくの体にガタがきているといっても、まさか象徴化機制が失敗するとは思わなかった。ねえフロイトさんどうですか、さすがにどうかしていると思いません?

 目が覚めた。この「目が覚めた」というところからして問題なわけで、床に就いたのが朝六時、目が覚めたのは朝九時である。ぼくは睡眠には、可能なものなら十二時間でも欲しい人なんであって、三時間で目が覚めるというのはいくらなんでもおかしい。その理由が外的な事情によるのか、超自我の検閲失敗による夢の中断なのかは、まだよく分からない。検閲失敗自体に由来する安眠妨害の可能性もあるが、むしろぼくとしては、外的な事情によって不意に目覚めてしまったため、象徴化機制が失敗した可能性の方が高いと思う。
 目が覚めたとたんにパニックに陥った。あまりにも哀しかった。まるで(月なみな表現だが、この表現以上に適した表現がない)胸に錐をもみこまれでもしたかのような鋭い哀しみがぼくを襲った。だが、パニックに陥った理由は、そのこと自体にあるのではない。ただ哀しいというだけなら、哀しい夢を視たということで終わるべき話で、パニックに陥るほどの要素はどこにもない。ぼくがそんな事態に陥ってしまった理由は、それまで視ていた夢が、不快な・不安なものでこそあれ、哀しむべき夢ではまったくなかったからだ。それまで、ぼくは生温かい不快・不安を味わっていた。その感覚が、目覚めの瞬間に(本当に一瞬で。一秒もかからず)哀しみに転化した。そのあまりの落差にびっくりしてしまって、ぼくはパニックに陥ったのである。
 だが、事情はほどなく理解された。同様な事態を、ぼくは2005年6月28日の午前中にも経験しており、「あれと同じことがおこったんだな」とすぐに分かったからである。2005年6月28日午前という日時がはっきりしているのには理由があって、その日、ぼくは目覚めと共に激しい哀しみの発作に襲われ、半分泣きながら憑かれたように、それまで視ていた夢を小説にしたのである。『海の家をもう一度』というタイトルで、こっちは夢分析がうまくいっていないのだが、おそらく死の夢だったんだろうな、と今にして思う。あの時も、象徴化機制がしくじっていたのかもしれない。
 こんども同じことがおこったのだと分かると、次に、今視た夢がいったいなにを告げようとしていたのか、ぼくは哀しみを怺えながら考えた。だが、数秒とかからず夢分析ができあがってしまった。だから象徴化機制が失敗したというのである。確かに象徴化されてはいたが、あまりにも分かり易過ぎる。これを検閲に通した超自我の方もどうかしていたといわざるをえない。ぼくが数秒で終えた夢分析の結果は以下の通り。

【夢1について】

 地中ふかくの部屋:
 →心の部屋。『遊戯王』とかに出てくるアレ。まさにそのまんま。

 繁茂する植物:
 →心の部屋が自分自身でも見わたすことができなくなって、身動きがとれなくなっている象徴。

 空位する玉座:
 →かつては心の部屋の君主であった自分が、いまや自分自身の心を支配することができなくなってしまった象徴。そこに座っても、もちろん植物のせいで視界を塞がれている。

 植物のむこうに広がる地下水脈:
 →自分の心にひろがる、ながめわたすことのできない広大な領域。ぼくはそこへ行き、心の全体を白日の下にさらさねばならないのであるが、植物にはばまれ躊躇している。そのうちに、植物は完全にぼくの心の部屋を埋めつくしてしまうだろう。早くなんとかしないといけない。

【夢2について】

 地中ふかくの秘密基地:
 →同じく心の部屋。

 そこが崩壊寸前であるということ:
 →もはやそこを守り通すための時間がかぎられてきている象徴。

 そこが蒸し暑く圧迫的であるということ:
 →もはやぼくが自分の心に居た堪れなくなっている象徴。あるいは、現実世界から自分の心の部屋をながめかえした時には、常に不快で圧迫的な場所として映るのかもしれない。心の部屋は、夢の象徴の中でもトップ・シークレット扱いされねばならない場所だから(それなのに、なんでその象徴化機制がうまくいかないんだ……。超自我働け)。

 扉のむこうの巨大な空間:
 →地下水脈と同じ。ぼくはその扉をひらくことに躊躇し、どうしても先に進めない。

 壁中のらくがき:
 →大部分は記憶の投影であり、夢の本質とは無関係。但し、迷路など、ぼく自身が心の部屋にらくがきしたとしか思えないようなものもある。

 やがて部屋を洗い流すであろう水流:
 →心の部屋が「意味不明なもの」に完全に支配される予感。ぼくは心の部屋を出る(世間一般の人々と同じように自己疎外されたままで生きる)か、水流に呑みこまれる(精神崩壊をおこす)危険を冒してでも心の部屋に拘泥するかの二者択一を迫られている。

 次の訪問者のために書き置きを残すこと:
 →小説を書くこと。ぼくの「まだ見ぬ自分にむけて差し出された宛て先のない手紙」という自己文学観を完璧に反映していて、でき過ぎの感すら否めない。

 この夢分析で問題となるのが、繁茂する植物と雪崩打ってくる水流の予感とである。ぼくはこの点の解釈について、いくぶん「精神分裂病の理論」的な読み替えを行なった。植物や水流は「意味不明なもの」の象徴である。「意味不明なもの」とは、現実からは触れることすらできないもうひとつの現実、現実とは違う論理の働くもうひとつの世界である。だから、水流の到来を予感するということは、分裂病理論にいわゆる〈世界没落感 world-destruction phantasy〉と対応する。だが、この読みに、ぼくはいまひとつ自信がない。もしかしたら別の事柄が象徴されているのかもしれない。とにかく判明なのは、それが心の全体を見通せなくしているということ、それがどんどん侵蝕してきて、ぼくをみじろぎもならない状況に追いやろうとしているということである。
 ぼくは〈まだ見ぬ誰か〉のためのメッセージを書き置こうとして、危殆にひんした心の部屋を後にすることができない。ぐずぐずと自分の心に拘泥して、〈まだ見ぬもうひとりの自分〉のために小説を書くわけである。〈もうひとりの自分〉とは誰か? それは、自分=自分という自同律がなりたつことを理解した自分、それゆえ自分の述べたことを自分自身で完全にうけとることのできる自分、いわば完全に統合された神的存在としての自分である。彼は宛て先のない手紙の宛て先をも知っている。すなわち〈私〉が誰なのかということさえも知っている。彼はその意味で、真の神といってよい。
 ぼくにとって、しかし彼は、神というよりかは救世主である。彼は、ぼくがひらくことを躊躇していた扉を自信たっぷりに開け放ち、その先の巨大な未知なる空間へもずかずかと歩いてゆくだろう。彼はその空間を寸毫にいたるまで把握しつくし、その全体を白日の下にひきずり出すだろう。彼はそんな使命を帯びてやってくる。彼は、ぼくの心の部屋をすみずみまで統合された状態へと恢復し、結果として世界(心の部屋)は救世されるのである。ぼくは彼の到来を待ち望む。だがしかし、彼とは自分自身のことなのである。彼は〈まだ見ぬもうひとりの自分〉であり、ぼくは彼への道程を歩んでゆかなくてはならない。ぼくはぼく自身の世界を救い出さなくてはならないのである。

 ……とまあ、こんな夢分析を経て、ぼくは多少あわれみみたいなものを感じた。もちろん自分自身に対してである。夢の中での不快→現実世界で感じた哀しみ→あまりにも象徴化機制が失敗していることへの呆れ→自分ってかわいそうだなあというあわれみ、と、目まぐるしく感情を変転させたぼくは、やがて再び眠りにおちた、という寸法である。

 ぼくの視た夢は、ふつうには悪夢といわれなくてはならないのだろう。だがしかし、ぼくはよい夢であったと思う。この夢は、たとえそれが象徴化機制の失敗であれ、超自我のしくじりであれ、ぼくに語りかけ、ぼくが問いかえすというタイプの夢であり、ぼくはこの夢との対話を通じて、自分にとって解決せねばならなかった問題がますます明確化されてきたことをうれしく思う。問題の全体像がつかめた時、問題はすでに解決されているわけであるから。
 なお、哲学的な教訓としては、「哀しみ」に理由はいらないということ、つまり原因があってその結果として哀しくなるのだという常識的世界把握は間違っているということを教えてくれたといえる。実際、ぼくは自分が理由なく哀しいということを発見し、それにびっくりしてパニックに陥ったのだ。その転化が、夢が現実になるその一瞬間に行われたということは、夢で〈それ〉と触れ合った時と現実から〈それ〉をながめた時との、〈それ〉に対する感情はまったく異質なものであり、現実から〈それ〉に対峙する時のわれわれの心のあり方が「哀しみ」とよばれているのではないか、という推測がなりたつ。この点についてはまた考えたい。

 あと「お前の夢分析は完全に間違っている。玄人の俺にまかせてみやがれ」という方がもしいらっしゃったら、このたびの夢を巨細にわたって記録した原稿用紙13枚分のテキストデータがあるので送りましょう。ま、いないでしょうが(などと言いつつ、たまにいるからインターネットって面白い)。

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